つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2: TJB200312KK.

特集:下田臨海実験センター設立70周年記念

桑澤 清明 岡山理科大学理学部教授

(元東京教育大学理学部助手、元東京都立大学研究科長、神経生物学)

 下田で生理学を研究した時の状況について、まず言いますと、 高槻先生(わたしが在学の途中で御退官になられた)、松井先生、 江原先生、それから私の先輩の方々が、無脊椎動物を材料にして 生理生化学的研究をやっておられまして、特に甲殻類とか軟体動 物の心臓の研究を伝統的にやっていたのです。わたしも、その 仲間に組み込まれていったことになります。

 そのような面で、ここ下田臨海実験所は材料を供給するというのはもちろんですけれども、特に長期に滞在して、24時間、いつでも研究したいときに研究できるという、そのような場所を提供してくれたのです。海の動物を内陸で飼うというのはかなり大変で、ここではすぐ、たくさん手に入り、飼育もできる。そのような良さが、臨海実験所の良さだと思います。

 個人的には、海産の軟体動物(アメフラシやタツナミガイ)の心臓の神経支配をとっかかりとして研究して学位論文ができました(下図)。それがアメリカの研究者(Prof.Robert. B.Hill; Eric Kandel など)に認められて、アメリカへ呼ばれたりしました。コロンビア大学のキャンデル教授はノーベル賞を2年前にもらいましたが、やはり、アメフラシを使って研究していたのです。生物学をやっていると、動物の進化というのに興味が自然に出てきます。そうすると、心臓循環系の進化とか、あるいはそれを支配する自律神経系の起源や進化とかに研究が向いてきます。自分なりに系統進化的な考えを入れながら、いろいろな動物の違いと共通性を見てきたつもりです。

心臓の神経制御がシナプス電位の介在でなされているのを世界で初めて実証した論文の図

 使った研究材料は非常に多岐にわたります。今、陸棲の動物のミミズや昆虫なども使っていますが、しかし、それとも共通性がいっぱいあり、また違いもあるというところを、ずっと系統的に明らかにしたというのが、研究成果といえば成果でしょうか。

 今、だんだん便利なものを求める風潮が非常に強くなっています。しかしその反面、自然に触れて、自分の手で捕まえて、そして、そこでいろいろ実体を観察するという機会が逆に失われてきています。そのような面で臨海実験所の役割が重要であるのです。陸上の昆虫を除けば、生物の種類の一番多い環境というのは海洋ですから、海洋でまだ研究されていないものは、大変たくさんあるはずです。特に日本は海洋国として、海洋のサイエンスにもう少し注目し、これからも、益々発展させなければいけないことであると思います。そのようなことも含め、また違った面で、臨海実験所が今までの狭いアカデミックな場所として存在する以外に、広い教育の場として、もっと多面的に発展してもらいたいという気持ちがあります。

Contributed by Taketeru Kuramoto, Received October 21, 2003, Revised version received October 28, 2003.

©2003 筑波大学生物学類