つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2: TJB200312YY.

特集:下田臨海実験センター設立70周年記念

横浜康継 志津川町自然活用センター所長

(元下田臨海実験センター長、植物生理生態学)

 伊豆半島の先端近くというセンターの立地条件は非常にすばら しいですね。海藻について言えば、コンブ科の多年生種のアラメや カジメは半島の東海岸にだけ生えていて、西海岸には一年生のアン トクメしか生えていない。それなのにこの半島は小さいので、東海 岸と西海岸の間を車で簡単に往復できる。生きた海藻を使った比較 生理学的な研究にうってつけです。

 センターの立地条件が私の仕事にぴったりあっていたというわけです。私はセンターに赴任してすぐに海藻の光合成の研究を始めたのですが、呼吸や光合成の速度を測る装置を赴任直前に完成していたからなんです。最近は実習でも使われるようになったプロダクトメーターという装置なのですが、小さな三角フラスコのような容器に5円硬貨位の大きさに打ち抜いた海藻と10 ml 位の海水を入れて、光をあてると海藻から酸素が発生するけれど、その速度が簡単に測れるんです。いろいろな海藻について、光合成と光の室や強さを温度との関係を調べ、その結果として得られる生理特性を生育環境と比べてみる、というような研究を始めたわけです。

 海藻は植物だけれども緑一色ではなくて絵の具よりカラフル。これは太陽光が海中で緑色になってゆくことと関係があるんです。私が最も興味を持ったのは、緑藻なのに深いと所に生えている種類、浅い所に生えているアナアオサなどとは違う、茶色がかったくすんだ色をしているために、ほとんど緑色光しか届かない深所でも生活できるのではないかと考えてみた。調べたら、シフォナキサンチンという黄色のカロチノイドが生きた体の中では赤い状態になって緑色光を吸収し、そのエネルギーをクロロフィルに渡している、ということなどがわかって非常に嬉しくなりました。

 海中に潜る仕事もしましたが、そのひとつはカジメの林の生産力の調査です。3年間毎月潜ってカジメの葉にマークを付けたり、刈り取ったりという仕事で、海中林の物質生産量(単位面積当たり)は、陸上の森林をしのぐということがわかりました。

 私は34年間も下田の海辺に住んで、ほとんどの時間を研究に使ってしまったのですが、私の研究は遊びのようなもので、人生の折り返し点の頃に、こんなに幸せでよいのだろうかと心配になった。生活にも、研究にも、税金を使わせてもらっているので、得られた成果は皆さんに伝えなければいけないと考えるようになりました。それに下田臨海実験センターはすばらしい施設なので、大学生や研究者ばかりでなく、子供から社会人、そして高齢者の人達にも利用してもらえるようになれば、などと夢見るようになったのですが、時期尚早でした。

 現職教員や高校生のための公開講座は、センターの狭き門を少しでも広げようという苦肉の策で、ほとんど私の独断で始めてしまったのですが、センターの職員から常駐の学生までの全員が一致協力してくれたので、涙がでるほど嬉しかったですね。受講した高校生の中には、高校を中退してセンターに常駐したいと言い出す生徒が居たり、進路を生物学専攻に決定する生徒も多く、手ごたえは十分でした。また受講してから本学の生物学類へ進学した学生が、今度は講座の指導補助員として下田へ駆け付けてくれたということも、非常に嬉しいことでした。

 臨海実験所は、海の環境や生物について研究する者にとってオアシスのような存在だと思います。私は本校からも都会からも離れた下田の海辺で34年も暮らしていながら、来訪する人達から実にさまざまな情報をもらうことができました。このようなすばらしいオアシスは消え去ることのないよう死守すべきです。

Contributed by Taketeru Kuramoto, Received October 21, 2003, Revised version received October 28, 2003.

©2003 筑波大学生物学類