つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2: 132-133.

特集:卒業・退官 最終講義

例外

斎藤 隆史 (筑波大学 生物科学系)

 物理あるいは化学現象を扱う場合は、方法さえ適切なら、all-or-noneのはっきりした結果がでる。しかし、生物現象を扱った場合は、特に個体群を対象にした時には、all-or-noneの結果がでることは少ない。というのも、大部分の個体が同一行動をとるのに対して、一部の個体が異なった行動をとる例外があるからである。しかし、正常な行動の原因解明には、大部分の個体が同一行動をとるためにその糸口をつかめない場合がある。このような場合は、例外が正常な行動の原因を解明するための重要な手がかりになることがある。

 例外の実例として鳥類の離婚を取り上げてみよう。というのは、鳥類の婚姻様式は一夫一妻制であり、「一度番を形成すると、配偶者が死なない限り、一生の間、同じ配偶者と番になる」といわれてきたからである。括弧内の記述は決して離婚が起こらないということを意味していないが、離婚が起こらないという誤解を与えてしまった。そこで、離婚は例外中の例外であると思われていた。しかし、個体群の長期的な研究が行われるようになると、離婚がおこることが明らかになり、種によって異なるが、離婚率は0.6-34.7%であることがわかった。離婚が明らかになった時点で、多くの研究者は離婚の原因を解明しようとした。

 このような研究は最も研究されているヨーロッパのシジュウカラでも行われた。シジュウカラの離婚率は個体群によって異なり、ヨーロッパでは12.5-34.7%であり、私の調査地では年により異なり、6.3-33.3%であり、平均は17.8%であった。ヨーロッパの研究者は離婚の原因が、カモメ類などの長命な大型種で明らかになっていた繁殖成功度(番当たりの巣立ち雛数)に関係があるのではないかと考えた。カモメ類では前年の繁殖成功度が低かった番が離婚していたのである。ところが、シジュウカラの場合は、離婚しなかった番と離婚した番の間には、多くの個体群において、前年の繁殖成功度に有意な差がなかったのである。さらに、繁殖期の生活を中心に様々な要因を探ってみたが、離婚の原因は分からなかった。

 しかし、周年同一地域に生息する留鳥のシジュウカラでは、繁殖期の配役と舞台は非繁殖期の生活によって決定されている。シジュウカラは非繁殖期の間、メンバー一定の群を形成し、一定の行動圏を持って生活している。翌春、番は同一群のメンバー間で形成され、テリトリーも群の行動圏内に形成される。このような番はその後も一生の間、その地域に留まっている。しかし、雌雄の数が異なる群では、群のメンバーと番になれない個体がでてくる。雄の場合は、大部分が群の行動圏内にテリトリーを形成して留まり、雌の場合は群の行動圏から分散して、他の群の独身雄と番になる。

 離婚を起こす個体は群のメンバーと番になれずに、群の行動圏から分散した個体であった。これらの個体の一部は、繁殖後に配偶者が留まっている繁殖期のテリトリーを去り、前年の群の行動圏に戻ってくるのである。そして、翌春には群のメンバーと番になるため、繁殖期のテリトリーに留まっていた配偶者と離婚することになる。したがって、離婚の原因は配偶者間で繁殖した地域と越冬して地域が重複しなかった結果であることがわかった。

 離婚の原因については常に気になっているため、数例の事例をみれば気がつく。自分が納得したこの瞬間こそ、個人としては至福の時なのである。しかし、科学者としてはここから悲劇が始まる。他人を納得させるにはデータが不足している。しかし、実験的に離婚を起こさせることもできない。したがって、忍耐強く、年数をかけて事例を集める以外に方法はない。シジュウカラの年生存率は約50%、番の雌雄が共に翌年まで生き残る確率は50%X50%=25%になる。したがって、繁殖した100番のうち、翌年まで雌雄が生き残る番は25番に過ぎない。さらに、離婚する番は生き残った25番x平均離婚率0.18=4.5番になる。その結果、離婚番を50例集めるのに少なくとも10年近くかかってしまうのである。ところで、離婚の原因を考えれば、離婚しない原因も明らかになるはずである。離婚しなかった番は群のメンバーと番になり、繁殖後も繁殖テリトリーに留まっていた番であった。すなわち、配偶者の間で繁殖した地域と越冬した地域が重複していたのである。このことは。例外がなければ分からない。したがって、例外は正常な行動の原因解明に重要な手がかりになっているのである。ただし、他人を納得させるデータを集めるには時間がかかる欠点があることは確かである。

Contributed by Takashi Saitou, Received January 24, 2003.

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