つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2: 172-173.

沿岸域開発における人間とサンゴ礁との共生方策

山本 秀一 ((株)エコー)

はじめに

 サンゴ群集は亜熱帯から熱帯の沿岸域に生息する。サンゴ群集が有する生物生産機能や環境浄化機能、景観形成機能等の役割とその資産的な価値は全世界的にもきわめて重要であることが指摘されている。

 一方、沿岸域は人間活動にとって重要な場所であり、人間が快適に生きようとする際に沿岸域開発は必要な行為である。しかし、人間がより快適に生きようとすればするほど、人間をとりまく自然環境は疲弊し、人間の生息環境に副作用を及ぼす。人間のみが快適に生きようとする環境をつくることは不可能で、人間をとりまく自然環境全般に配慮した開発を行うことが必要になってきた。1992年の地球環境サミットでsustainable development の概念が示された頃から環境に関する考え方は大きく変化し、1993年には「環境基本法」、1997年には「環境影響評価法」が制定され、1999年には「海岸法」、「漁港法」、2000年には「港湾法」が改正されて環境への配慮の必要性が法的にも示されている。

 沿岸域開発において人間とサンゴ礁との共生を考えるためには、サンゴ礁のことを良く知る必要がある。特にサンゴ群集の成長過程を解析・評価することによって配慮すべき環境因子を抽出し、サンゴ群集を積極的に保全・再生するための環境修復技術を開発することが必要であるが、このような研究への取組み事例はきわめて少ないのが現状である。

 私は1979年に筑波大学生物学類を卒業後、1981年に同大学院の環境科学研究科を修了し、消波ブロックのテトラポッドで有名なMテトラに入社した。その後、同社のコンサルタント事業部門が独立した建設コンサルタントのMエコーに転籍した。Mエコーでは1990年から沿岸域開発における人間とサンゴ礁との共生方策に関する調査・研究を企画提案して実施してきた。私は当初からその業務に携わり、一連の成果を筑波大学大学院の昼夜開講制による研究者リフレッシュ教育制度を利用して博士課程生命環境科学研究科で学位論文として取りまとめることができたため、その概要を報告する。

研究の概要

 タイトルは、「人工構造物上のサンゴ群集の成長過程における各種環境因子の影響とその評価に関する研究」であり、「サンゴ群集成長過程における環境因子の影響の解析」、「サンゴ群集の成長過程モデル解析と評価」、「サンゴ群集環境修復技術の開発」の3つの項目で構成した。

 「サンゴ群集成長過程における環境因子の影響の解析」では、沖縄県に位置する那覇港の人工構造物上の同一水深帯157地点における現地調査結果を解析した。人工構造物は施工された年が明らかなため、構造物施工後の経過年数をサンゴ群集の着生・成長期間とみなすことでサンゴ群集の成長過程を解析することができる。サンゴ群集の成長過程は6〜8年目までの初期成長期とその後の安定成長期に分けることができ、安定成長期のサンゴ群集の平均的な被度は異形ブロック(テトラポッド)上では約50%と高く、直立壁面上では約20%と低い。サンゴ群集の成長に影響を及ぼす主な環境因子は、異形ブロック上では流速であり、直立壁面上では光の条件であった。人工構造物のような完全な裸地からのサンゴ群集の成長過程に関する解析事例はほとんどなく、本研究が初めての事例である。

 「サンゴ群集の成長過程モデル解析と評価」では、那覇港防波堤の異なった水深帯30地点におけるサンゴ群集の成長過程に関する8年間の定点調査結果を解析した。サンゴ群集の成長速度は、水深が浅い場所(平均水面から5m程度まで)では速く、それ以深では遅い。サンゴ群集の成長過程に関与する環境因子の指標値について変数減少法による重回帰分析を行った結果、主に光と流速の指標値が抽出された。それらの指標値を説明変数としてサンゴ群集の成長過程を重回帰分析とニューラルネットワークモデルを用いてモデル化し、サンゴ群集の成長に影響を及ぼす環境因子の重みを感度解析により評価した。各種環境因子とサンゴ群集の被度変化の関係を表現したサンゴ群集成長モデルは、今後の環境修復事業計画における検討手法として有効な手段になりうるものと考えられる。

 「サンゴ群集環境修復技術の開発」では、光量・流速等の環境条件が十分でサンゴ群集の成長が速い場所における環境修復技術として、サンゴ群集の着生促進効果と剥離防止効果を有する基盤面の凹凸加工技術を開発・施工し、海域で8年間にわたるモニタリング実験を行った。その結果、1cm程度の凹凸加工を施すとサンゴ群集の着生が促進されることが判明した。光量・流速等の環境条件が十分でない場所における成長の遅いサンゴ群集のための環境修復技術としては、開発予定区域に生息するサンゴ群集を土木的手法により塊のまま採取し、輸送して、適地に固定するサンゴ群集移築技術を開発・施工し、海域で3年間のモニタリング実験を行った。その結果、本技術の適用によって開発予定区域に生息するサンゴ群集の保全と移築先における再生の可能性が確認できた。以上のような環境修復技術は、サンゴ群集が優占する海域における具体的な実用化手法として活用できる成果である。

おわりに

 世界的に見て多くのサンゴ礁が衰退的状態となっている。近年では1998年に生じた世界的規模での高水温によるサンゴの白化現象により多くのサンゴ礁が影響を受けた。一方、サンゴ礁の保全・再生に関する取り組みの歴史は浅く、取り組み事例は極めて少ない。このような状況で人間はサンゴ礁との共生を続けることができるのだろうか。

 今後は、個別の環境因子がサンゴ群集の成長過程に及ぼす影響メカニズムの解明を進める必要がある。サンゴの体内には褐虫藻とよばれる藻類(Symbiodinium sp.)が共生している。褐虫藻はサンゴの体内で光合成を行い、合成した有機物のほとんどをサンゴに供給している。光量・流速等の環境因子がサンゴと褐虫藻に及ぼす生理生態学的な影響メカニズムの解析によってさらに具体的なサンゴ群集の環境修復技術開発が可能になる。また、サンゴ群集と周辺生態系との相互関係に関する生態学的な解明も重要である。これらの取り組みによってサンゴ群集の環境修復技術メニューを増やし、現地実験により検証し、サンゴ群集の成長過程への影響メカニズム解析にフィードバックさせることが望ましい。

Communicated by Yoshihiro Shiraiwa, Received May 26, 2003.

©2003 筑波大学生物学類