つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2: 176-177.

特集:生物学類授業評価

TWINSによる生物学類授業評価導入の経緯

林 純一 (筑波大学 生物科学系、生物学類長)

今から3年前、小熊 譲 生物学類長(生物科学系)のもとで筆者が生物学類カリキュラム委員長であった時、クラス連絡会で学生側から補習の要望と、一部の教官の授業に対する不満が出された。ここで注意しなければならないのは、学生からの要望の中には、彼等の単なるわがままと本当に改善すべきことの間の区別が付きにくいという点なのである。従来であればこの種の「文句」は突っぱねるところであった。「当該教官にわからないところは質問しましたか?」「問題点を当該教官にアピールしましたか?」という問いに、多くの学生は「していません」と答える。そこで「先ず自分でアピールするという努力が肝心で、それでもダメなら学類として対応策を考えましょう」というのがこれまで繰り返されてきたお決まりのシナリオであった。しかし、当時としては数年後の国立大学の独立行政法人化が本決まりとなり、カリキュラムに対する学生の満足度や説明責任が重要視される時代に突入しつつあった。このことを先取りする形で小熊 譲 学類長と相談の上、これらの要望に対処するために1年次生の必修科目である概論科目の補習と、概論科目の授業評価を行うことをカリキュラム委員会で議論し、生物学類教員会議の合意を得た。ただしこの取り組みは、個人的心情を正直に告白すれば、学生の不満に対する一種のガス抜きと、学生や社会への説明責任に対する見かけ上の対応策とも言うべき「不純な」動機がそこに見え隠れしていた。

 ところがその結果、補習を行ったことに対する評価は意外にも学生側からも教官側からも極めて高いものであった。当初は学生の不満に対するガス抜き程度にしか考えていなかったものが、実際には補習という目的を越えて学生と教官の親密なコミュニケーションの場に発展し、さらに積極的に自主勉強を始めるきっかけにもなったようだ。一般に教官は講義にも、そしてその中の質疑応答に対してもオフィシャルなスタイルでのぞむ。概論のように100人を越える受講生がいる授業ではなおさらである。しかし、補習となると話は別で、教官も学生もリラックスした顔にかわる。講義では一方通行であった教官と学生の関係が、補習を通してより親密になり、その分野のさらに詳しい情報を積極的に求めて来る学生もいたという。これは当初予想しなかった副産物である。もはや補習を越えた実りある討論の場に変身してしまったようだ。現代社会ではインターネットを通して必要な情報を手に入れることができるが、そのことがますます人間関係を疎遠なものにしている。学生たちが求めているのは新しい情報や知識だけではない。補習を通して教官や友人との議論や討論、場合によっては雑談の中から、学習に対する動機付けが生まれ、自分の手で問題点を見つけそれを解決するための工夫を凝らしていく。この過程で学問の本当の面白さを存分に味わいそれを自主的に広げていくトレーニングができたとしたらこの上ないことである。このようにして、補習制度は予測をはるかに越えた大変な収穫を得たのである[1]。

 論旨から若干はずれるが、実は生物学類では今年度から補習を行うのを教官だけでなく、4年次生や大学院生を中心とした「カリスマTA集団」によってもこの補習システムを広げることを計画中である。この制度は授業についていけない、主に1年次生を対象に、「カリスマTA集団」が強力にバックアップすることで留年する生物学類生の数を極力減らすことを目的としたシステムであるが、すでにこの補習システムに数名の希望者が登録した。今年度の試行が評価されれば本格的に導入する予定である。

 さて、ここで話を本筋に戻すが、補習と同時に行った授業評価は、結果の公表は行わず、担当教官にのみ通知し、今後の授業改善(ファカルティー・ディベロップメント:FD)の参考にしていただくことだけに留まった。しかも、この取組みはこの年度だけで終了せざるを得なかったのである。その理由は、授業評価のアンケートの整理に莫大な時間がかかり過ぎたからである。また当時のカリキュラム委員会では、同時にFDのために何をすべきかも検討中であったが、最も有効で最も手間のかからないFDは、教官による授業参観ではなく、学生による授業評価ではないかという議論があった。しかし、この問題も生物学類開設の全授業科目に広げると、やはり結果の整理に要する手間をどう軽減するかが問題で、この時点で学生による授業評価を基本としたFDも行き詰まってしまっていた。

 そして転機は筆者が生物学類長になった昨年突然やってきた。それは筑波大学が学生による授業の履修申請と教官による授業の成績評価をTWINS [2]で行うシステムを全学レベルで立ちあげたからである。実はこのシステムはこれらの目的のみならず、アンケート機能を活用することで客観的な授業評価ができ、なおかつ結果の整理も極めて簡単に行えるとのことであった。このシステムを活用することで我々が抱えていたFD問題も授業評価の問題も一気に解決の見通しが立ったのである。

 そこで、丸尾文昭(生物科学系)を中心に、TWINS運用委員である宇都宮公訓(電子・情報工学系)と何度か実現へ向けての技術的な打ち合わせを繰り返した[3]。一方、沼田 治 生物学類カリキュラム委員長(生物科学系)を中心にカリキュラム委員会、生物学類運営委員会、さらに生物学類教員会議でアンケート内容の検討、結果の公開のレベル、公開の方法などをめぐり十分な議論を行った[4]。その結果、今年度から全生物学類開設授業科目の授業評価を実施することが生物学類教員会議で認められたのである[5]。

参考文献
  1. 林 純一:生物学類カリキュラム委員長の任期を終えて 筑波フォーラム 62:102-104,2002.
  2. 新学務システムのことで、ここにあるデーターベースに登録されている授業の履修申請を学生が行い、教官は成績報告を行う。休講の掲示や、アンケート機能を使うと授業評価もできるシステムである。TWINSという名称は、Tsukuba Web-based Information Network System の略称であるが、同時に、ふたつの峰からなる筑波山、筑波大学の学園祭の呼称である双峰祭を意味している。
  3. 丸尾 文昭:本特集、準備中
  4. 沼田 治:本特集、準備中
  5. 林 純一:特集:授業評価 TWINSによる生物学類授業評価の理念 つくば生物ジャーナル 2:178-179, 2003.
Contributed by Jun-Ichi Hayashi, Received June 3, 2003, Revised version received June 5, 2003.

©2003 筑波大学生物学類