胚嚢
Embryo sac

種子植物では、大胞子嚢 (とその付属物) である胚珠の中に大胞子が形成され、それがそのまま発生して雌性配偶体 (female gametophyte) が形成される。この雌性配偶体は胚嚢 (embryo sac) とよばれる。

胚嚢の構成

種子植物の雌性配偶体は胚嚢 (embryo sac) とよばれ、大胞子壁内で発生する。 被子植物の胚嚢は極めて単純化しており、多くの場合、8核7細胞で構成されている。被子植物の胚嚢の構成要素には以下のようなものがある。

卵細胞 (egg cell)
胚嚢において珠孔側に位置し、雌性配偶子 (female gamate) として機能する細胞。花粉粒からの精細胞と合体して接合子となる。
助細胞 (synergid)
珠孔側に存在し、卵細胞を取り囲んでいる細胞。卵細胞と助細胞は複合体を形成し、卵装置 (egg apparatus) とよばれる。卵装置は造卵器と相同なものだと考えられている。
反足細胞 (antipodal cell, antipode)
胚嚢において合点側に位置する細胞。3個のことが多いが、11個や1個、欠如することもある。またふつうは単相であるが、3倍体核をもつ種もある。
中央細胞 (central cell)
胚嚢において最も大きな細胞で、ふつう大きな液胞をもつ。一般的には、極核 (polar nucleus) とよばれる単相核が2個存在するが、これは後に合体して複相の中心核 (secondary nucleus) となる。ふつう中心核の形成時、またはその後に花粉粒からの2個の精細胞のうち1つの核と合体して一次胚乳核となる。

被子植物の胚嚢は、自身の細胞壁に加えて大胞子の壁、および崩壊した珠心組織によって囲まれている。胚嚢は胞子体とは独立しており、珠心との間に原形質連絡は認められない。一方、胚嚢内では隣接する細胞間に原形質連絡が存在する。

胚嚢のタイプ

胚嚢は、胚珠(珠心)内の大胞子が直接発生した雌性配偶体であり、被子植物では4〜15細胞と極めて少数の細胞からなる。被子植物の胚嚢は、基となる大胞子の核数、分裂回数、細胞数、胚嚢内での細胞の配置などの点で多様性が見られる。

単胞子性胚嚢 (monosporic embryo sac):4個の大胞子のうち、1個だけに由来する胚嚢。全ての核が1個の大胞子核の体細胞分裂に由来するため、遺伝的には全て同一である。

タデ型 (Polygonum type)
最も合点側の単核性大胞子(四分子)から形成される。大胞子核は3回の分裂を行って胚嚢を形成する。胚嚢は8核7細胞からなり、1個の卵細胞、2個の助細胞、3個の反足細胞、2核性の1個の中央細胞がある。被子植物に最も一般的であり、80%の科にみらる。
"アンボレラ型" ("Amborella type"
最も合点側の単核性大胞子(四分子)から形成される。タデ型と同様、大胞子核は3回の分裂をによって8核7細胞となるが、珠孔側の3細胞のうち1個がさらに分裂して助細胞と卵細胞が形成されるる。結果としてできる胚嚢は1個の卵細胞、3個の助細胞、3個の反足細胞、2核性の1個の中央細胞からなる。Amborella tricopoda (アンボレラ科) のみに知られる。
"スイレン型" ("Nymphaea type")
最も合点側の単核性大胞子(四分子)から形成される。大胞子核は2回の分裂を行って胚嚢を形成する。胚嚢は4核4細胞からなり、1個の卵細胞、2個の助細胞、および1核性の1個の中央細胞がある。スイレン目やアウストロバイレヤ目にみられる。
マツヨイグサ型 (Oenothera type)
最も珠孔側の単核性大胞子(四分子)から形成される。大胞子核は2回の分裂を行って胚嚢を形成する。胚嚢は4核4細胞からなり、1個の卵細胞、2個の助細胞、および1核性の1個の中央細胞がある。アカバナ科にみられる。

二胞子性胚嚢 (bisporic embryo sac):減数第1分裂によって2個の二分子が形成されるが、そのうち1個だけが細胞質分裂を伴わない減数第2分裂を行い、2核性の大胞子となる。胚嚢を構成する細胞の核は減数分裂を経た2個の核に由来するため、2種類の遺伝的組成をもつ。

ネギ型 (Allium type)
合点側の2核性大胞子(二分子)から形成される。それぞれの大胞子核は2回の分裂を行って胚嚢を形成する。胚嚢は8核7細胞からなり、1個の卵細胞、2個の助細胞、3個の反足細胞、2核性の1個の中央細胞がある。
Endymion (Endymion type)
珠孔側の2核性大胞子(二分子)から形成される。それぞれの大胞子核は2回の分裂を行って胚嚢を形成する。胚嚢は8核7細胞からなり、1個の卵細胞、2個の助細胞、3個の反足細胞、2核性の1個の中央細胞がある。

四胞子性胚嚢 (tetrasporic embryo sac):減数第1分裂、第2分裂ともに細胞質分裂を伴わないため、4核性の大胞子(集合大胞子、多核大胞子 coenomegaspore)となる。胚嚢を構成する細胞の核は減数分裂を経た4個の核全てに由来するため、4種類の遺伝的組成をもつ。

レンプクソウ型 (Adoxa type)
集合大胞子内では、珠孔側に2核、合点側に2核がそれぞれ存在する (2+2型)。それぞれの大胞子核は1回の分裂を行って胚嚢を形成する。胚嚢は8核7細胞からなり、1個の卵細胞、2個の助細胞、3個の反足細胞、2核性の1個の中央細胞がある。
Plumbago (Plumbago type)
集合大胞子内では、珠孔側に1核、合点側に1核、左右側面にそれぞれ1核が存在する (1+1+1+1型)。それぞれの大胞子核は1回の分裂を行って胚嚢を形成する。胚嚢は8核5細胞からなり、1個の卵細胞、3個の周縁細胞、4核性の1個の中央細胞がある。
Penaea (Penaea type)
集合大胞子内では、珠孔側に1核、合点側に1核、左右側面にそれぞれ1核が存在する (1+1+1+1型)。それぞれの大胞子核は2回の分裂を行って胚嚢を形成する。胚嚢は16核13細胞からなり、3細胞1組になったセットが4つと、4核性の1個の中央細胞がある。ふつう4セットの3細胞1組のうち、珠孔側にあるものが卵装置として機能する。
サダソウ型 (Peperomia type)
集合大胞子内では、珠孔側に1核、合点側に1核、左右側面にそれぞれ1核が存在する (1+1+1+1型)。それぞれの大胞子核は2回の分裂を行って胚嚢を形成する。胚嚢は16核9細胞からなり、1個の卵細胞と1個の助細胞、6個の周縁細胞、8核性の1個の中央細胞がある。
Drusa (Drusa type)
集合大胞子内では、珠孔側に1核、合点側に3核が存在する (1+3型)。それぞれの核は2回の分裂を行って胚嚢を形成する。胚嚢は16核15細胞からなり、1個の卵細胞と2個の助細胞、11個の反足細胞、2核性の1個の中央細胞がある。
バイモ型 (Fritillaria type)
集合大胞子内では、珠孔側に1核、合点側に3核が存在し (1+3型)、合点側の3核は融合して3倍体の核となる。それぞれの核は2回の分裂を行って胚嚢を形成する。胚嚢は8核 (うち4核が3倍体) 7細胞からなり、1個の卵細胞と2個の助細胞、3個の反足細胞 (全て3倍体)、2核性 (うち1核が3倍体核) の1個の中央細胞がある。
Plumbagella (Plumbagella type)
集合大胞子内では、珠孔側に1核、合点側に3核が存在し (1+3型)、合点側の3核は融合して3倍体の核となる。それぞれの核は1回の分裂を行って胚嚢を形成する。胚嚢は4核 (うち2核が3倍体) 3細胞からなり、1個の卵細胞と1個の反足細胞 (3倍体)、2核性 (うち1核が3倍体核) の1個の中央細胞がある。

胚嚢の発生型は、基本的に分類群(科など)で一定であるが、種内または個体内で変異が見られることも珍しくない (表2)。このような場合、発生型の変異は温度などに大きく影響されるらしい。

単胞子性胚嚢 タデ型 14%
二胞子性胚嚢 Endymion 18%
四胞子性胚嚢 レンプクソウ型 18%
  Penaea 35%
  Drusa 47%
表1. Delosperma cooperi (ザクロソウ科) の胚嚢型 (Kapil & Prakash 1966)
処理温度 Drusa レンプクソウ型 その他の型
15〜19¢ideg; 81% 18% 1%
26〜27¢ideg; 89% 6% 5%
表2. Ulmus glabra (ニレ科) の胚嚢型と温度の関係 (Hjelmqvist & Grazi 1965)

卵細胞

卵細胞 (egg cell) は雌性配偶子 (female gamate) である。被子植物の全ての胚嚢型において、卵細胞は珠孔側にただ1個のみ形成される。

卵細胞の細胞壁は、助細胞と同様に部分的であることが多い。珠孔側にははっきりとした細胞壁が存在するが、合点側にいくにしたがって細胞壁が薄くなり、やがて細胞壁が消失する。ただしEpidendrum (ラン科) では卵細胞全体を細胞壁が覆っていることが知られる。卵細胞は原形質連絡によって助細胞や中央細胞とつながっている。

卵細胞におけるオルガネラ配置には極性が存在することが多い。助細胞とは逆に、珠孔側には大きな液胞と多数の小胞が存在し、合点側にに存在する。ただし Epidendrum (ラン科) やトウモロコシ (イネ科) では核が中央に位置し、大きな極性は見られない。若い卵細胞は多くのオルガネラを含み高い活性を示すが、成熟するとオルガネラが減少し活性も低下する。成熟した卵細胞では、ミトコンドリアのクリステが減少し、ゴルジ体も退化的かまたはこれを欠いている。卵細胞には色素体が存在し、大量のデンプンを含むことがあるが、これは受精から胚発生初期にかけて消費される。

Plumbago capensis (イソマツ科) の卵細胞は、珠孔側の細胞壁が内側に突出して助細胞の繊形装置と似た構造を形成する。この種の胚嚢は助細胞を欠いており (Plumbago型)、卵細胞が助細胞の役割も果たしてるのかもしれない。

助細胞

助細胞 (synergid) は珠孔側に存在する紡錘形の細胞で、卵細胞に接して卵装置を形成している。助細胞と卵細胞の間には原形質連絡が存在する。助細胞は2個存在することが多いが、アンボレラ型胚嚢では3個、サダソウ型胚嚢では1個の助細胞が存在する。またPlumbagoPlumbagella型胚嚢では助細胞が存在しない。

助細胞の細胞壁は部分的であることが多い。珠孔側の3分の1程度にははっきりとした細胞壁が存在するが(クチンが沈着している場合もある)、合点側にいくにしたがって細胞壁が薄くなり、合点側3分の1では細胞膜のみでもう1つの助細胞、卵細胞、中央細胞と接している。ただしEpidendrum (ラン科) では助細胞全体を細胞壁が覆っている。

助細胞の珠孔側では、ふつう細胞壁が細胞内に突出して繊形装置 (filiform apparatus) とよばれる特殊な構造を形成している。繊形装置の形態は様々であり、球形 (Torenia [オオバコ科]) やくさび形 (ペチュニア [ナス科] やヒマワリ [キク科]) のものが知られている。繊形装置は物質輸送に関わる転送細胞の細胞壁に類似しており、細胞壁を通じた物質輸送に関与していると思われる。 また、Crepis capillaris (キク科) の助細胞は繊形装置を欠くことが知られている。

助細胞におけるオルガネラ配置には強い極性が存在する。合点側には大きな液胞と多数の小胞が存在し、目立つは珠孔側に存在する。多数のミトコンドリア色素体ゴルジ体も珠孔側に存在し、繊形装置がある場合にはその周辺に特に多い。

助細胞は一般に短命であり、ふつう2個あるうちの1個は花粉管が侵入する前に崩壊し、退化助細胞とよばれる。退化助細胞では、花粉管の侵入前に合点側の大きな液胞が消失し、核が退化する。もう1個は永続型助細胞とよばれるが、これもふつう花粉管から内容物(精細胞など)が放出されると崩壊する。しかしこの永続型助細胞が受精後かなりの間存在する種もあり、このような助細胞では核が大型化し倍数性を示すことが知られている (ネギ科)。

助細胞の機能としては、走化性物質を分泌して花粉管の伸長を誘導していることが考えられる。また繊形装置の存在から、助細胞は珠心から胚嚢への栄養分の通り道となっているとされることもある。しかし一般的には、珠心から胚嚢への栄養分供給は主に合点側からであると考えられている。また助細胞は、崩壊することによって、花粉管内容物の放出場所を形成することとなる。

反足細胞

被子植物の胚嚢において、合点側に存在する細胞を反足細胞 (antipodal cell) とよぶ。胚嚢内の細胞の中で、反足細胞は最も大きな変異を示す細胞であり、その数や形態、性質は様々である。

反足細胞は受精の前、または直後に退化する場合がある。アカテツ科 (Mimusopsを除く) やチスミア科では、発生中の胚嚢の合点側にあるが、細胞を形成することなく消失してしまう。一方、反足細胞が長い間、例えば前胚の8細胞期まで、存続することもある。イネ科では、反足細胞が細胞分裂を繰り返し、300細胞にも達することがある(ササ属)。また細胞数の増加に至らないまでも、DNA量の増加、倍数性、多核などさまざまな段階の細胞が見られることがある。またバイモ型Plumbagellaの胚嚢では3倍体核が見られるが、これは前述の例とは異なり、胚嚢形成時の核の合体によるものである。

反足細胞の細胞壁は、ときに合点側において内側に突出して助細胞の繊形装置と同様な構造を形成することがある(トウモロコシ、イネ [イネ科]、ポピー [ケシ科])。これは珠心から胚嚢への栄養供給に関与していると思われる。

反足細胞も多量のミトコンドリア色素体ゴルジ体、小胞などを含み、一般に高い活性を示す。

中央細胞

被子植物の胚嚢において、最も大きな細胞が中央細胞 (central cell) であり、重複受精によって内胚乳になる。中央細胞には、大きな仁をもった目立つである極核 (polar nucleus) が存在する。極核はふつう2個、ときに1,4,8個ある。複数の極核は、受精前またはそれと同時に合体して中心核 (secondary nucleus) になる。中心核は精核との合体し (重複受精)、一次胚乳核になる。

中央細胞には大きな液胞が存在し、おそらく糖やアミノ酸、無機塩類の貯蔵庫となっている。中央細胞はオルガネラに富んでおり、ミトコンドリア色素体(デンプンやタンパク質を含む)、ゴルジ体、小胞、グリオキシソームなどを含み、高い活性を示す。

胚嚢の吸器構造

胚嚢の助細胞反足細胞、胚嚢全体、特殊な突起(シーカム caecum)が伸長し、栄養吸収のための吸器的構造を形成することがある。

ビャクダン科やベンケイソウ科、キク科、イネ科などでは、助細胞が伸長し、胚嚢壁を破って珠孔側に突き出ていることがある。Quinchamalium chilense (ビャクダン科) の助細胞吸器は長さ1200 µm にも達し、花柱の途中にまで伸びている。

ケシ科、ビャクダン科、キク科などでは反足細胞も吸器的構造を形成する。Quinchamalium chilense (ビャクダン科) では、助細胞核が個々の細胞を形成せず、多核の反足細胞細胞室を形成する。反足細胞室は伸長、成長して胎座まで達して分枝する。

胚嚢の珠孔側への伸長は、ビャクダン科でよく見られる(Mida, Quinchamalium, Santalum, Leptomeria)。またNelsonia (キツネノマゴ科) でも突起が胚嚢を突き出て伸長し、胎座へ達して吸器となる。

ヤドリギ科では、胚嚢全体が珠孔側へ伸長し、Macrosolenでは花柱の基部まで、Lepeostegresでは花柱の1/5まで、Dendrophtoeでは花柱の半分まで、Helixantheraでは柱頭まで達する。Moquiniellaでは柱頭に達した後に折り返し、2〜4 mm 伸長する。

ヤドリギ科やビャクダン科の多くでは、反足細胞など胚嚢本体はそのままに胚嚢の合点部分(中央細胞の合点部分)が伸長して突起(シーカム)を形成する。

合点側のシーカムにくらべて、珠孔側のシーカムはまれである。NuytsiaAtkinsonia (ヤドリギ科) や、Comandra (ビャクダン科) には珠孔側に伸びるシーカムが存在し、花柱溝に侵入している。

Exocarpus (ビャクダン科) では胚嚢の中間部から多くの突起が発達し、スカートのように胚嚢を覆うことによって胚嚢の表面積を増大させる。

胚嚢への栄養供給

胚嚢は母体(胞子体)からは独立した雌性配偶体であるが、栄養的には母体に完全に依存している。珠心から胚嚢への栄養供給は、おもに合点側からだと考えられている。珠柄には維管束があり、胚嚢への栄養を供給すると思われるが、ふつうこの維管束は途中で終わっている。維管束の終点と合点をつなぐ位置には珠心組織、またはいくつかの植物ではハイポステースとよばれる厚壁細胞群が存在し、おそらく栄養輸送を補助している。

胚嚢への栄養補給は、合点側のみからではなく、おそらく胚嚢全表面からも行われている。助細胞反足細胞のA HREF="#filiform">繊形装置は、おそらく胚嚢の栄養吸収に関与する。また多くの植物では、珠心は発達中の胚嚢に消費されて崩壊する。この場合、胚嚢は直接珠皮と接するようになるが、このとき珠皮の最内層が内被とよばれる腺状組織となる。おそらく内被は胚嚢へ栄養補給を行う。また上記のようなさまざまな胚嚢吸器も胚嚢への栄養供給に関与すると思われる。