以下は具体的な研究の内容です。今後、更なる新分野に挑戦する機会も多いと思います。

1)細胞レベルでの化学刺激受容機構の研究。

 原生動物ゾウリムシ( Paramecium caudatum ) は周囲の溶液中の化学物質を受容する事により、遊泳活性を変化させて、その化学物質から逃げたり、あるいは逆に集まったりします。ゾウリムシの化学刺激受容機構を行動のレベルと膜電気現象のレベルで解明しています。これまでに、主に、苦味物質と塩の受容機構を調べてきました。ゾウリムシが苦味物質を受容すると、正や負の方向の受容器電位が生じます。この膜電位変化が原因となりゾウリムシの遊泳活性が変化し、それにより、ゾウリムシは、いわゆる化学集合や化学離散の行動反応を生じます。より多くの物質に対する反応を明らかにしておく事と同時に、物質を受容してから受容器電位が生じるまでの細胞内シグナル伝達系の検討や、受容器の検討が今後の課題です。一方、塩受容機構に関しては、独特なCaコンダクタンスが関与する生理的な反応である事や、複数のイオンの競合で膜電位反応が制御され、それにより、行動反応が生じる事等、興味深い事実が明らかとなっています。

2)細胞運動制御機構の研究

 海産の渦鞭毛虫ヤコウチュウ( Noctiluca miliaris )の触手運動の膜電気現象による制御機構について調べています。ヤコウチュウの触手運動は自発性の活動電位により制御されています。この活動電位は、我々の神経や筋で見られる様な脱分極性(プラスの方向に変化する)のものではなく、過分極性(マイナスの方向に変化する)のものです。実は、ある条件では一般の活動電位と同様に脱分極する活動電位も新たに現れるのですが、このユニークな電位変化により制御されている触手の収縮系は筋肉に於けるアクチンーミオシン系、繊毛や鞭毛に於けるダイニンーチューブリン系とは全く異なる機構により制御されている事がわかりました。普通、生命現象をになうエネルギー源はATPが使われる事が多いのですが、ヤコウチュウの触手収縮系ではATPは必要ありません。さらに驚いた事に、収縮ー弛緩のコントロールは、なんと、Hイオンが制御していました。この収縮系の実体がどのようなものであるのかは、まだ、明らかになっていません。

 それから、1)の研究とも密接に関係しますが、生物の示す合目的的な動き、行動や、細胞運動をゾウリムシの遊泳を対象にして調べています。

3)電位依存性イオンチャンネルの性質の研究

 これまで述べた刺激の受容や行動の制御には、細胞膜で生じる膜電気現象が重要な役割を果たしています。細胞の膜電気現象を理解するためには細胞膜に存在するイオンチャンネルの性質を調べる必要があります。原生動物を用いて、主に、電位依存性イオンチャンネルの性質を調べています。

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