つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2002) 1: 56-57.

学校不適応の顕在化と食生活との関わり

遠藤 明男 (千葉県立国府台高等学校)

 私は生物学類を卒業後、千葉県の高等学校の教員になり、今年で20年目になります。

 近年、高等学校の生徒の状況には様々な面で変化が見られるようになってきました。たとえば、何かに立ち向か い、困難を乗り越えようとする「耐性」が著しく低下してきているように感じます。その結果が、中途退学者や長期欠席者の増加、また、社会性の不足や倫理観の欠如 として現れてきているように思われます。最近、学力の低下傾向も危惧されていますが、これも「耐性」の低下と 無関係ではありません。一般的には、教育課程や制度上の問題が指摘されますが、生徒の生活意欲、学習意欲自体 が下がっているので、今までの観点だけでは片付けられない側面があると思います。

 こうした意欲の低下が招く「学校不適応」の生徒が顕在化していることは、食生活と深い関わりがあると指摘す る声があります。例えば、平成12年度に出された「児童生徒の食生活等実態調査報告書」(日本体育・学校健康センター)によると、最近、朝食をきちんと食べずに登校 する児童生徒が増え、そのために「授業に集中できない」、「体がだるい」などの症状を訴えることも多くなってき ている、と報告しています。この調査では小学校5年生と中学2年生が対象となっています。小中学生ではこうし た調査や研究をみかけるようになってきましたが、高校生については、食生活と生活意欲との関連を立証するデー タの蓄積がほとんど無いと言えるでしょう。

 私は、偏った栄養摂取や食習慣の乱れなど、「食」に起因する心と身体の両面にわたる健康問題が、「学校不適応」 とどんな関わりを持っているのかについて関心を持つようになりました。そこで、今までもホームルームや授業を担当するクラスで、食生活調査と学校生活調査を同 時に実施し、その相関関係を調べてきました。すると、明らかに不登校、無気力、遅刻・欠席の多い生徒は食生活に問題点が見つかる傾向にあります。それに気が付いて からは、学校不適応の傾向がある生徒に対しては、食生活の改善を指導していくように心がけています。その結果、 意欲を取り戻していくケースが多く、問題の解決がしやすくなる実感を得てきました。

 こうした経験をもとに、昨年度は、これまで感じてきた傾向をきちんと調べ、データとして示してみることにし ました。調査対象人数を増やすために、複数の高等学校にアンケート調査を依頼しました。幸い、科学研究費補助 金(奨励研究B)の受給も受けることができ、「学校不適応の顕在化と食生活との関わり」というテーマで研究を実 施しましたので、その概要を報告します。

 千葉県内の高等学校(5校)にアンケート調査を依頼し、食生活調査と同時に学校生活調査を実施して、その相 関を統計的に調査しました。その結果、1年生926名(男子443名・女子483名)から有効回答を得ること ができました。

 まず、食生活に関する質問の回答をもとに、各個人の食生活を点数化して評価(100点満点)しました。質問 の内容は次のようなものです。

  • 食欲はありますか?
  • 食べ物に嫌いなものはありますか?
  • 朝食を食べていますか? ・どんな朝食が多いですか?
  • 昼食は主に何を食べますか? ・よくかんで食べていますか?
  • 次の食品の中で、あまり食べないものはいくつありますか?(栄養的にあまり良くないものをあげて)
  • 次の食品の中で、よく食べるものはいくつありますか?(栄養的に良いものをあげて)
  • 卵は毎日食べますか? ・インスタントラーメン、カップ麺はよく食べますか?
  • 次の中で、一番よく飲むものはどれですか?
  • ファーストフード(マックなど)やファミリーレストランをよく利用しますか?

 食生活を評価した上で、4つのランクにグループ分けをしてみました(A〜D)。

Aグループ・・・81点〜100点(該当人数112人、平均86点) →最も食生活が良いグループ
Bグループ・・・66点〜80点 (該当人数315人、平均72点) →普通
Cグループ・・・46点〜65点 (該当人数392人、平均57点) →やや問題があるグループ
Dグループ・・・ 0点〜45点 (該当人数107人、平均36点) →最も問題の多いグループ

アンケートは、食生活の質問と一緒に、生活意欲に関する質問にも回答してもらいました。その結果、食生活の A〜Dのグループ別に生活意欲に関する質問の回答率を示したものが、資料「生活意欲と食生活の関連(表)」です。

 これによると、生活や学習意欲と食生活が、関連していることが明らかです。特に、遅刻や授業への集中などの 学校生活に対する意欲や、体調・心理的な面にも食生活の影響があることをうかがわせる結果となりました。

 人の感情のコントロールは、脳で作られる物質によって行われていることが明らかになっています。喜怒哀楽、向 上心、好奇心などは、脳で必要な栄養に過不足がなく、脳が正常に機能した結果として現れてくるものです。栄養 のバランスを失うと、感情のコントロールができなくなり、無気力になったり、いらいらしやすくなってキレてし まったり、安定した精神状態を保てなくなると思います。

 現代人の食生活は、エネルギー源としての炭水化物や脂肪は摂り過ぎの傾向にあり、逆に、からだをつくったり 酵素やホルモンとなるタンパク質、補酵素となるビタミンやミネラル、腸内細菌を育てる食物繊維は不足しがちです。それは、食生活の欧米化、加工食品・インスタン ト食品の利用、野菜・果物の栄養の低下などが原因ですが、高校生を調査してわかることは、朝食を食べない、食 べてもパンと飲み物だけ、昼はコンビニ、おやつはスナック菓子、ファーストフードなどで外食という食生活の生 徒がとても多く、これでは栄養のバランスがとれず、感情のコントロールがうまくいかないのは当然です。今回の 調査結果は、このことを反映しているものだと思います。

Communicated by Takehisa Oikawa, Received September 7, 2002.

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