つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2002) 1: 88-89.

特集:大学説明会

施設見学:TARAセンターコース

中田 和人 (筑波大学 生物科学系)、 渡辺 直樹 (筑波大学 生命環境科学研究科)
 

 大学説明会に集まった高校生のうち、約40名がTARAセンターの見学に参加した。参加者を2つのグループに分 け、一方を古久保研究室が、もう一方を林研究室が担当し、30分程度の研究内容説明、30分程度の研究室見学を実 施した。

 今回のTARAセンター見学において、ホストである我々林研究室の達成目的は「百聞は一見にしかず」であった。 つまり、生命科学を志す生徒達にとっては、たいそうな研究の説明を受けるより、顕微鏡で細胞を観察したり、実 際にマウスの簡易手術を見ることに新鮮な興味を見出すだろうと期待していた。当日はかなり暑く、さらに多くの 説明を聞いて疲れきっていると予想していたので、スライドなどでの一方的な説明を避け、高校生との対話を重視 しようと考えていた。

 まず、研究内容の説明に先立って、大学における教育と研究について説明した。この考えの一部は確か、学類生の時の総合科目で聞いた話である。我々が受ける教育の大部分は学問の歴史であり、この歴史を元に新たな歴史を 作り出して行く行為が研究である。従って、教育-研究のスムーズな相互連動が遂行できる大学こそ、学生、さらには社会にとって有意義な大学組織である。その点、筑波大学の生物学類では、基礎生物学だけに縛られる事無く、 応用生物学、農学、体育学、医学領域との学際的教育と学際的研究が連動しており、その象徴的研究施設が遺伝子実験センターであり、TARAセンターであると説明し、今回、見学しているTARAセンターの位置づけを明確にした。 次に我々の研究内容について、お茶を飲みながら、簡単にミトコンドリアというオルガネラの生物学と様々な病気との関連、またモデル動物の作出とその意義について説明した。思いの外、高校生達が多くの先端研究における用語を知っている事に驚いた。もちろん、概念的な理解ではあるが、少なくとも我々が高校生だった時に比べ、多く の情報源を持っていると実感できた。このような認識は、今後の基礎実験等の講義に生かして行きたい。

 研究内容の説明の後、実験室に移り、ES細胞とマウスの受精卵を顕微鏡下で観察し、最後に操作受精卵の仮親マ ウスの子宮への移植を見学して貰った。面白いもので、実際の観察や移植操作など始めると、身を乗り出して見学 し、質問が飛び出して来るのである。用語は知っていても見るのは始めてで、「ES細胞ってこんなものなんだ!!」 という感想は、私がそれを初めて見た時と全く同じであった。何てことない小さな細胞である。しかし、その分化 能力たるやマウス個体を構築することさえ可能なのだ。全く驚きとしか言いようがない。

 実際の質問内容は「方法論的な質問」「生命倫理的な質問」「純粋学問への期待や不安」「職業としての研究の位置づけ」などであった。具体的には、クローン動物の是非、研究は楽しいか?/辛いか? 筑波大学はお奨めか?  筑波大学の教育/研究は良いか? 他の大学ならどこが良いか? もしこれから他の大学に進学するとしたらどこの大学を目指すか? 海外の大学院はどうか? 大学卒業後に海外の大学院に進学する生徒はいるのか?、教官の給料はどのくらいか?、一般の研究員の給料はどのくらいか? 研究を職業にした場合の生活レベルはどの程度か? これから他の職業を選ぶとしたらどんな職種に就くか? などなどである。とても現実的な質問であると思う。中にはあまりにも率直な質問過ぎて、こちらの生活レベルを披露しなくてならない場面もあり、たじたじであった。さらに、移植操作の希望者まで出てしまい、見よう見まねで、男子高校生が移植手術を行った。その慣れない手つき を我々が行った時より真剣に見つめる彼らに共感が持てた。  反省点は、予定の終了時刻をオーバーしてしまい、宿舎見学希望の高校生数名に迷惑を掛けてしまった。この場を借りて、お詫びしたい。また、今回は参加者の希望をとらず、任意に2つグループに分けてしまったが、来年度からは、彼らの希望、つまり彼らの興味をある程度反映させたグループ編成にした方が良いと思う。実際、我々のグループになってしまった高校生の中には、神経系の発生に興味を持った学生がいた。本来なら、このような学生は古久保研究室の見学に参加させるべきだったと思う。

 今回の説明会でTARAセンター見学のホストをやって分かった事は、説明会に参加している高校生は生命科学、特に生物学に純粋なあこがれと現実的な期待を抱いている事実である。そして、自分が職業として生物学を目指し、研究者になった時の等身大の自分を我々に求めるからこそ、多くの率直な疑問や質問を投げかけるのである。そのよ うな質問を引き出すためのチャンスをホストは準備すべきである。そのチャンスとは、実際の生命現象を垣間みる、 つまり、我々が日常的に行っている実験の一部を見学/実施して貰うことである。これが、大学説明会における実 験施設見学のあるべき姿なのではないだろうか?確かに、我々も初めて研究室に所属した時、見るもの、聞くもの、 する事、全てが新鮮で、多くの疑問や質問を先輩に投げかけたものだ。日々の実験の合間に説明会のための準備を 行うのは、確かに楽ではない。しかし、独立法人化を迎える生物学類にとって、有意義な大学説明会の開催は、入 学してくる学生だけでなく、我々スタッフにとっても重要な意味を持って来るに違いない。今後、多くの教官、大学院生、学類生が率先して大学説明会に参加し、独自性溢れる説明会が開催されることを心から願って止まない。最後に、実際の準備や高校生の誘導などを行ってくれた生物学類、大学院の学生諸君に感謝したい。

Contributed by Kazuto Nakada, Received August 17, 2002

©2002 筑波大学生物学類