つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2002) 1: 108-109.

特集:生物学類の社会貢献事業

平成14年度文部科学省「エルネット(el-Net)・オープンカレッジ」への参加

林 純一 (筑波大学 生物科学系)

 そもそも「エルネット(el-Net)・オープンカレッジ」とは何なのか。先ずエルネット(el-Net)とはeducation and learning Networkの略称で、文部科学省が衛生通信を利用して、教育、科学、スポーツ、文化等に関する情報を、公民館、図書館や学校など全国約2,000の社会教育施設の受信局に直接発信する「教育情報衛星通信ネットワーク」である[1]。エルネットの目的は主に二つあり、第一に一般向けに大学が実施する公開講座を発信すること、第二は教育行政関係者を対象とした文部科学省の教育行政関する情報発信であるようだ。この中の前者、つまり大学の公開講座の発信が「エルネット・オープンカレッジ」なのである。

 このシステムは平成8年度から生涯学習への衛星通信を利用した事業として準備が始まり、番組制作は文部科学省から委託を受けた高等教育情報化推進協議会が中心となって実施され平成11年度は27大学から30講座が放送された。今年度(平成14年度)は64大学から74講座の申請があり、最終的には50大学の54講座が採択になった。

 筆者が申請したのは「遺伝子がつくる文明」という講座名で、その内容は現在生物学類が全学の学生を対象とした教養科目として提供している総合科目「遺伝子がつくる文明」の焼き直しであった。この総合科目は酒井慎吾(生物科学系 教授)が科目責任者として7年前にスタートさせたものを4年前から筆者が引き継いだものであり、昨年度と今年度は約400名の受講希望者があり、全学の総合科目で最も受講生の人数が多い人気の総合科目である。この総合科目では10名以上の教官が分担して1年間にわたる講義を行っているが、今回の申請では筆者だけが1講座 (50分x2コマ)を収録することにした。

 7月15日(月)に具体的な番組収録に向けての説明会が文部科学省試写室であり、8月30日に大学独自収録として筑波大学教育機器センターで収録が終了した。この収録に当たっては筑波大学教育機器センターの吉江森男(教育科学系 助教授)とセンター長の大保信夫(電子・情報工学系 教授)に大変お世話になり、この場を借りてお礼申し上げたい。

 具体的には講座テーマは「遺伝子がつくる文明」、第一回テーマは「人類が遺伝子を操作してつくる文明」、第二回テーマは「遺伝子が人類を操作してつくる文明」で、放送日は平成14年11月22日である。そこでこの二つのテー マの講義概要を以下に示したので参考にしていただきたい。なおこの内容の一部は、平成14年6月29日に筆者が千 葉県の私立市川高等学校で行った大学模擬講義の一部でも使わせていただいた。

講義概要

 近年、人類は遺伝子を人工的に操作する技術を手に入れた。これまで人類が長い歴史をかけて行ってきた品種改良や、作物が生育できない場所でも生育できる新種の作成を、遺伝子の人工的改変によって即座に達成する試みが世界中で始まっている。また特定の遺伝子が突然変異を起こすことによって発症する病気では、患者に正常な遺伝子を導入することで病気を治すという遺伝子治療も盛んに行われるようになってきた。そして遺伝子改変食品や遺伝子治療にかかわる研究開発には種苗会社や製薬会社も多大な投資をして特許を獲得し、膨大な利益につなげようと熾烈な戦いを演じている。その意味では、21世紀はまさに遺伝子が作る新たな文明開化の時代ともいえる。

 このように多くの人は『人類が遺伝子を操作して新たな文明を開花させようとしている』と考えている。しかし この考え方はあくまでも表のシナリオで、人間中心の極めて傲慢で勝手な見方ではないだろうか。なぜなら人類が人類であり、人類として存続するのは、私たちの設計図である遺伝子がそのようになっているからである。つまり遺伝子が人類を作っているのである。そもそも遺伝子はすべての生き物の設計図となり、それぞれの生物種の体を作り、生殖によって子々孫々へと引き継がれていくものである。現在の地球上に存在する生物種は、その種の子孫を増やそうとする遺伝子の間の長くて激しい生存競争に勝ち抜いた種なのである。その中でもとりわけ人類の遺伝子は素晴らしく、この地球上に文明を開花させた。そうだとすると、『人類が遺伝子を操作する』のではなく『遺伝子が人類を操作する』という裏のシナリオの方が、ひねくれているかもしれないがより客観的な見方ではないだろ うか。

 この講義では、前半部で素直な表のシナリオ、後半部ではひねくれた裏のシナリオを紹介する。両方のシナリオを理解することによって、遺伝子が作る文明の本来あるべき姿を皆さん自身が考えていく上での手がかりを提供できるのではないかと思っている。

 なお「エルネット・オープンカレッジ」の特徴の一つは講師と受講生の間の双方向性情報交換で、この授業を受 信した公民館などの受講生からの質疑応答もある。この「遺伝子がつくる文明」の放映予定は11月22日なので、そ の際の講義や質疑応答の詳しい内容は本誌12月号に投稿したいと考えている。

参考文献
  1. エル・ネットホームページ : http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/elnet/
  2. エル・ネット「オープンカレッジ」ホームページ : http://www.opencol.gr.jp/
Contributed by Jun-Ichi Hayashi, Received October 16, 2002.

©2002 筑波大学生物学類