つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2002) 1: 110-111.

特集:生物学類の社会貢献事業

下田臨海実験センターにおける大学開放事業  ―「下田の生物探検隊」までの経緯―

青木 優和 (筑波大学 生物科学系・下田臨海実験センター)

 下田臨海実験センターは通常の研究活動においても地域住民や漁業者との密な連絡を必要とするいわば地域密着型の国立大学施設である。センターにおける学外者を対象とした活動は、他大学の臨海実習の受け入れ、学部生対象と大学院生対象の公開臨海実習、高校生および学校教員のための公開講座などが主である。この他に、地元の下田市民を対象とした活動としては、下田市の小中学校の選択理科授業への協力、総合的学習の時間を利用しての自然観察会への指導員派遣等などがあった。地元の小中学校での授業を経験するなかで、自然に恵まれた環境においてさえ地元の子供たちが意外に身の周りの生物について知らないことに気付かされた。他方で、生物についての知識を積極的に求めようとする子供たちが存外に多いことも知らされた。当初は学校で自然観察教室を開催すること を考えたのだが、実際には小中学校教育を補佐する形での活動には制約がある。それは、授業時間の枠組みを重んじねばならないために生徒たちを野外観察に連れ出すことが難しいこと、土・日曜日の活動ができないこと、さら に指導の内容を基本的には学校側の要望に合わせねばならないことなどである。

 平成12年度より静岡県からの補助金をもとに下田市の商工会と教育委員会が「電脳下田黒船学校」(代表:荒井 繁芳)という活動を開始した。これは、小中学生の有志を募って社会的な体験活動や自然観察活動を行い、その活動の様子や参加した子供たちの感想をホームページ http://www.kurofune.gr.jp 上に公開するというものである。通常の体験活動や自然観察会は開催したその場限りで終わりになってしまうが、その日の成果をホームページ上に公開することによって、参加者はいつでも自分たちの活動を振り返ることができ、また、活動の存在やその性質を広く他に知ってもらうこともできる。下田臨海実験センターはこの活動を共催し、主に自然観察教室の開催に携わるために平成 12年度に「電脳下田黒船学校 海の自然観察会」という事業名称で文部科学省から大学開放事業助 成金を受けた。これにより、土・日曜日に小中学生を対象として磯の動物および海藻の観察会をセンターの施設を利用して行った。さらに 11月には「海の生物の秘密をさぐる:筑波大学下田臨海実験センターの研究」という公開教室を2日間にわたって市の施設「ベイステージ下田」において実施し、各研究室の研究内容の展示紹介と教官 および大学院生による講演会を行った。その結果、これら平成12年度の活動は、静岡県伊豆新世紀創造祭の最優秀事業のひとつとして表彰された。その後、平成 13年度には小中学生対象に、ウニの発生の観察、研究船『つくば』 でのプランクトンの採集と観察、磯の生物の観察、カブトガニとカニの観察を行い、また、地元民宿の経営者対象の海藻おしば作り講座も開催した。 小中学生対象の講座では教育委員会を通じて参加者が公募された。当初は参加者が集まるかどうかが心配されたが、初回からすぐに定員に達し、応募者数は回を重ねるごとに増加した。1人1 台ずつ双眼顕微鏡の利用を許された生徒たちは実に生き生きと観察を行い、顕微鏡の扱いも予想外に慎重で丁寧であった。特にプランクトン観察の際には、観察とスケッチの作業に熱中して昼食時間にさえ観察を止めないものが多かった。子供たちはすぐに飽きてしまうに違いないと危惧していた私たち開催者にとって、これらの事実は新鮮な驚きとなった。これらの活動の経過や成果は、小学校低学年にも分かりやすい内容に編集されたCD-ROM にまとめられ、講座の参加者、小中学校および関係者や関係団体に配布された。

 今年度は、海の生物に限らず下田の自然を広く観察することを目的とした講座の開講を目指して助成金の申請を行った。電脳下田黒船学校を核とするこれまでの講座の発展型として、下田センターの教官が講師を務めるばかりでなく、地元で自然観察指導をする人々をも講師に招いて自然観察会を行うことにした。その結果「下田の生物探検隊」という事業名称で文部科学省からの大学開放事業助成金を受けることができた。6月に開講してから年度内に8回の活動を予定しており、既に化石採集会、森林観察会、磯の生物観察会、海辺の動植物観察会の4回の活動を終え、これから来年1月にかけて高原の動植物観察会、海藻の観察会、野鳥観察会、林業体験講座を予定してい る。いずれの講座でも下田センターの教職員以外に下田市の教育委員会や商工会、ボランティアの方々によって広報活動や準備、後片付けなどが行われており、適宜分担して仕事に当たっている。このため、一度に過大な負担を 負わずに運営していくことが可能となっている。地域の教育環境を少しでも良くできればとの願いから市の人々と取り組んできたこれらの活動が、大学における今後の地域開放事業の参考例のひとつとなれば幸いである。

Contributed by Masakazu Aoki, Received September 20, 2002.

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