筑波大学 / 生命環境科学研究科(生命環境学群)/ 生物科学専攻(生物学類)/ 進化遺伝学教室 / 澤村京一研究室

University of Tsukuba 進化遺伝学教室 


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研究内容



研究の意義


皆さんは種間雑種という言葉を聞いたことがありますか?雌ウマと雄ロバの雑種ラバとか、雌ライオンと雄ヒョウの雑種レオポンとか。自然界では種間雑種は希にしか見られません。しかもその多くは不妊(不稔)で、子孫を残すことができません。もしそうでなければ、やがて2つの生物種は遺伝的に融合してしまい、世界に存在する種の数は減ってしまうことでしょう。つまり、生殖的隔離によって種は存続が可能なのです。逆に考えれば、生物集団の間に生殖的隔離が獲得されることによって、新しい種が誕生するのです。したがって、種分化は進化の原動力ということもできます。その遺伝学的機構を解明しようというのが、私たちの研究です。

レオポン
Figure 1. 種間雑種レオポンとその両親
母ライオン:園子、父ヒョウ:甲子雄、娘レオポン:チェリー。撮影協力:川田伸一郎研究員(国立科学博物館研究部)、撮影:前原一慶。澤村ら(2011)遺伝 Vol. 65, No. 3, pp. 2-4.の原図より作成。


研究の材料


私たちはショウジョウバエを材料に用いています。これまでに12種の全ゲノム塩基配列が決定され、その数は約30種に拡大されつつあります。この仲間は多様性という観点でも注目すべき存在で、ショウジョウバエ科には3950の現生種(および12の化石種)が記載されています(World Catalogue of Insects Vol. 9)。しかも人工的に雑種を得ることが可能な近縁種の組合せが多く知られており、種分化を遺伝学的に解析する上で有用な実験系を提供します。

主として用いているのは、キイロショウジョウバエ種群に属する2つの仲間です。1つはキイロショウジョウバエ類で、アフリカ大陸からインド洋(マダガスカル、モーリシャス、セーシェル)が起源です。進化のモデルとして、世界各地の進化生物学者が実験に用いています。もう1つはアナナスショウジョウバエ類で、東南アジアから南太平洋(パプアニューギニア、サモア、トンガ、フィジー、北部オーストラリア)が起源です。これらを外見で区別することは難しいのですが、交配してみることで別種であることが分かります。このうち3種は記載されていますが、他にもいくつかの隠蔽種の存在が示唆されています。私たちはこれらの地域で採集されたショウジョウバエを材料として研究しています。


交配後隔離の研究


キイロショウジョウバエの雌と近縁種(オナジショウジョウバエ等)の雄の交配では、不妊の雑種雌だけが生まれ、雄は幼虫の時期に死にます。親の雌雄を入れ替えた交配では、不妊の雑種雄が生まれ、雌の大部分は胚の時期に死にます。これらの雑種致死や不妊を救済する遺伝子を研究することで、交配後隔離の遺伝的基礎が解明されてきました。

これまでに以下のような遺伝子が特定されています。①Lethal hybrid rescue: ヘテロクロマチン結合タンパクをコードしており、雑種雄致死の原因となります。②Hybrid male rescue: クロマチン結合タンパクをコードしており、雑種雄致死および雌不妊の原因になります。③zygotic hybrid rescue: ヘテロクロマチンを構成するサテライトDNA(リピート配列)で、雑種雌致死の原因になります。④Nucleoporin160: 核膜孔複合タンパクをコードしており、雑種雄致死および雌不妊の原因になります。⑤Nucleoporin96: 核膜孔複合タンパクをコードしており、雑種雄致死の原因になります。⑥JYalpha: 種間で染色体上の位置が異なり、この遺伝子がない雑種では雄不妊になります。これらの情報から、ヘテロクロマチンと結合タンパクの共進化が雑種致死や不妊の原因になるのではないかという一般モデルを提唱しています。

キイロショウジョウバエとオナジショウジョウバエの交配
Figure 2. キイロショウジョウバエとオナジショウジョウバエの交配
交配親としてオナジショウジョウバエに用いた方の性が、次世代において致死となる。


交配前隔離の研究


アナナスショウジョウバエとパリドーサショウジョウバエは雄が発する求愛歌のパターンが異なり、種間交配はなかなか成立しません。しかしそれを乗り越えると、雑種は雌雄ともに妊性があり、雑種後代を得ることもできます。雑種の単為生殖という特殊な手法を利用して、これまでに種間モザイクゲノム系統(ホモ接合体クローン)を作製しています。そして、それぞれの系統の雌がどちらの親種の雄を受け入れるか調査してきました。その結果、アナナスショウジョウバエの受容には第2染色体左腕が、パリドーサショウジョウバエの受容にはそれに加えてX染色体左腕と第3染色体右腕が関わっているということが明らかになりました。これらの染色体腕は種間で遺伝子の並び順が異なっており、生殖的隔離の原因遺伝子がそのようなゲノムの逆位領域に蓄積しやすいと考えられます。ゲノムの他の領域では種を超えた遺伝的交流があるのではないかということは、分子系統解析によっても示唆されています。これは近年提唱されている「同所性集団における染色体種分化」のモデルと一致するものです。

単為生殖を利用した種間モザイクゲノム系統の作製
Figure 3. 単為生殖を利用した種間モザイクゲノム系統の作製
図中の長方形は染色体を模式的にあらわしたもの。青がアナナスショウジョウバエ由来、黄がパリドーサショウジョウバエ由来の領域である。