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学生による教員紹介

生物学類の先生はどのような研究をしているのでしょう?
学生たちがインタビューに行きました!

我らが相棒、ミトコンドリアの見えない努力

中田和人 教授
 真核細胞に必要なエネルギーを供給するミトコンドリア。わたしたちはミトコンドリアなしに生きていくことはできず、いわば「相棒」のような存在です。また、この細胞小器官はがんや糖尿病、神経性疾患などの様々な病気にも関与していると言われています。今回はそのミトコンドリアと様々な疾患の関係を研究している中田和人教授にお話を伺いました。

ミトコンドリアゲノムに注目!
 皆さんは「細胞内共生説」をご存知でしょうか? 細胞小器官であるミトコンドリアの祖先はバクテリアで、それがあるとき細胞に取り込まれて共生するようになったという説です。この説の根拠としては、ミトコンドリアが性質の異なる二重膜を持つこと、核ゲノムとは別にバクテリア由来の環状のゲノムを持つことなどが挙げられます。ミトコンドリアゲノムにはミトコンドリアが働くのに必要な遺伝子が入っています。しかし、長い長い共生関係のうちに、ミトコンドリアゲノムの一部は核ゲノムに取り込まれました。そのためミトコンドリアは核ゲノムにある遺伝子とミトコンドリアゲノムにある遺伝子によって機能しているのです(図1)。つまり、ミトコンドリアの研究をするためには、双方のゲノムからのアプローチが必要になります。




















 しかし、ミトコンドリアゲノムは二重膜に包まれていて、ゲノムの操作が困難なために、研究に時間と手間がかかります。そのため、中田先生と、師匠にあたる林純一教授( http://www.biol.tsukuba.ac.jp/cbs/interview-staff/hayashi.html)のグループのようにミトコンドリアゲノムを中心としたミトコンドリア研究を行う研究者は、核ゲノムを中心としたミトコンドリア研究を行う研究者に比べてごくわずかです。そんな大変な研究を中田先生が続けられる最大の理由は、研究に必死で取り組む林先生へのリスペクトだそうです。「林先生が一生懸命続けてこられたミトコンドリアゲノムの研究を、数少ない研究者として継承したい」と話します。

ミトコンドリア研究に飛び込むきっかけ
 「小中高とあまり勉強しなかった」と当時を振り返る中田先生。とにかく「手に職」ということで、中田先生は臨床検査技師の資格をとるため、現在の医療科学類(当時の筑波大学医療技術短期大学部)に入学しました。国家試験対策の授業が多い中、分子生物学演習の授業は一味違いました。科学的な考え方やものの見方を培う授業に中田先生は大変感動したそうです。そして、その授業を担当していた先生や生物学者に憧れを抱くようになりました。生物学をさらに学ぼうと考えた中田先生は生物学類へ編入します。その後は博士課程に進み、動物生理学の研究室で筋肉の研究をしていました。ところが無事に博士課程を修了し、就職も内定した頃でした。同研究室の大先輩にあたる林先生(当時は助教授)に声を掛けられたのです。「なんのために理学博士になった? 研究者になるためではないのか?」。この言葉に「カチン」ときた中田先生は就職の内定を辞退し、ポストもないまま林先生の研究室に飛び込んでしまいます。「別にミトコンドリアの研究をしたかったわけじゃなくて、ただカチンときたから」と中田先生は話します。また、この決断には、これまでやったことのない分野に飛び込んで「研究者としての瞬発力を試す」という意味合いもあったそうです。


ミトコンドリアの生き残り作戦〜分裂と融合〜
 こうしてミトコンドリアの研究をすることになった中田先生は、今、「ミトコンドリア間相互作用」に着目して研究をおこなっています。「ミトコンドリア間相互作用」とは、細胞内にいくつも存在するミトコンドリア同士が分裂したり融合したりする現象のことです。この相互作用と、ミトコンドリアゲノム変異が関与するといわれる病気の関連を調べることで、「ミトコンドリア間相互作用」の生理学的意義を明らかにすることができると考えたからです。

 研究を進めていくと、ミトコンドリアゲノムに変異が生じた異常なミトコンドリアが蓄積した状況で、ミトコンドリア同士の融合が促進されると、正常なミトコンドリアから呼吸に必要な遺伝子産物が供給され、正常な機能を取り戻すことがわかりました(図2、図3)。このことから、ミトコンドリアが融合するのは「お互いを補い、助け合うため」という可能性が示唆されました。しかし、逆に変異の生じたミトコンドリアが多すぎると、正常なミトコンドリア(野生型のミトコンドリアゲノムからの遺伝子産物)を奪い合うようになります。「相補」の関係だったミトコンドリアたちは、「競合」の関係へと変わってしまいます。その結果タンパク質を作るためのtRNA(翻訳RNA) などが不足し、共倒れしてしまうのです。共倒れになると細胞内のミトコンドリアは全て呼吸活性を失いミトコンドリア呼吸不全という病態を発症します。このように、あるところを境に「相補」から「競合」に変わる現象を閾値効果と言います。

 では、どのくらい異常なミトコンドリアが存在すると、共倒れしてしまうのでしょう? その答えを探すため、中田先生はマウスに導入する異常なミトコンドリアの割合を変えて実験を行いました。その結果、異常なミトコンドリアが70〜80%の割合で存在するとき共倒れすることが明らかになったのです(図4)。

























 中田先生は今後も「ミトコンドリアゲノムの変異に軸足をおいた研究」を続けていきたいと話します。そして、ミトコンドリアの代謝や品質管理が老化や疾患とどのように関係しているのか、またミトコンドリアが関わる様々な疾患の分子病理はどのようになっているのかを知ることで、「わずか16kbp*1ほどしかないミトコンドリアゲノムの存在意義を明らかにしたい」、そう語ってくださいました。

*1:16000塩基対のこと。ヒトゲノムの約30億塩基対に対して、ミトコンドリアゲノムは非常に小さいといえる。

 PROFILE
中田 和人(なかだ かずと)教授
筑波大 生命環境系

1969年生まれ。99年に筑波大学大学院博士課程修了。その頃林純一教授に言われた一言で、ミトコンドリア研究に飛び込むことに。現在はミトコンドリアゲノムを中心としたミトコンドリア研究をおこなっている。 先生から:「ちょうどこの2015年3月末日で、林純一教授が定年退職されます。17年間もともに歩ませて頂けたことに心から感謝、感謝、感謝、感謝、感謝です・・・・・また、多くの学生さんとの出会いにも感謝、感謝、感謝、感謝、感謝」
研究室HP http://www.biol.tsukuba.ac.jp/~jih-kzt/


【取材・構成・文  生物学類 小林 沙羅】
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