つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2002) 1: 96-97.

特集:留学

留学体験記 ―マンチェスター大学―

岡平 吏世 (筑波大学 生物学類 4年)

 私は2001年の9月から第二期交換留学生としてマンチェスター大学へ留学しました。不安よりもこの一年間で何 をしようかと期待ばかりが膨らんでいたように思います。

 そして始まったマンチェスターでの日々は、日本で溜めた期待という推進力によってただ加速していくといった毎 日でした。今日泊まる宿の確保から始め、日用品を買いそろえたり、街を散策してみたりやることは尽きませんでし た。しかし一方でよく眠れず薄明るい明け方をカーテン越に見ることが何度もありました。

 ようやく定住できる寮に入り、イギリス人7人、バミューダ人1人、日本人1人のフラット生活が始まりました。 フラットとはキッチン、シャワー、トイレなどを共同に使う一つのグループで、フラット仲間は寝食を共にする家族 のようなものでした。のちのちどこのフラットにもFlat Mumというお母さん的役割の人が出てくるようで、うちの フラットもそのMumによって随分とキッチンやTVルームが片付けられました。

 私のマンチェスターでの生活は日々の研究が中心でした。朝9時頃学校へ行き、講義に出かけながら夕方6時頃ま で研究室にいました。私が研究室に行くようになってまず驚いたのはほとんどの人が5時には帰り支度をするという ことです。日本の研究室でも5ヶ月ほど実験をした経験があり、マンチェスターではどのように違うのかということ も楽しみの一つでしたが、この5時帰宅は国民性を象徴しているとも思いながら日本と最も違うところだなぁと思い ました。ドクターコースの学生でさえ、私が7時頃までデータ処理をしていると`Don't work too hard!'と声を掛けて帰るくらいでした。かといって仕事をしていない訳ではありません。彼等の仕事は無駄なく効率良く組み立て られ、そして実行されるのでした。5時までにできる仕事を計画し、毎日確実に一定の量をこなし確実に前に進む研 究でした。それから成果主義ということも違いの一つだと感じました。結果に出たことだけを信じ、どんなに予想と 反する結果が出てもそれを否定することはなかったし、それを実験技の不足や手順の誤りで片付けることはありませんでした。とにかく得られた結果から考えられる意味を見ようとするのです。私は実験を始めた時、最初に予想され た結果が得られ、その後は実験がうまくいきませんでした。しかし先生は最初と同じ実験手順で同じ人が実験をして いるのに同じ結果が出ないはずはないと、試薬を新しく買ったり酵素濃度を変えたりと改善策が非常に早かったよう に思います。私は今まで簡単に実験技術の不足や不適切さを理由に結果の考察を終えていたけれど、マンチェスター では私は1人の研究者として扱われ、私の出した結果は十分本物として論議されたのです。その先生の態度を見ていつまでも新米ですという顔をしているだけではだめだと思いました。私は自分の得た実験結果を自信を持って提示で きるように実験でミスをしないように、結果が信頼性のあるものにするために真剣にやるようになりました。また、 幸運にも先生が産休で3ヶ月間休まれる事になり、自分で研究を進めなくてはならないという状況を得ました。自分 で進めようと思ったとき、初めて私は自分の研究について分っていないということを知り、人任せにいわれることだ けをやっていたのだということを認識しました。しかし私は自分で研究を進めなくてはならなかったので足りないと ころを理解し、少しずつ自分で実験を計画するようになり、先生が帰ってこられた時にはいくつかの実験をうまく組 み合わせてより多くの実験を一日のうちにこなすことができるようになっていました。研究をどの方向に進めればよ いかということもだんだん分ってきたように思います。帰国4日前にやっと結果が得られ、その後慌ただしく研究室 に残す資料を作ったけれど、良い結果が得られたことにとても満足しています。マンチェスターにはとてもいい教育 環境があるなと思いました。何も分っていなかった私にすべてを任せてもらい、わたしも出来ないことを恥じること なく精一杯やったことを自信を持って説明することができました。私の勝手なイメージかもしれませんが、日本では 結果を出すということにすごく圧迫されているなぁと感じます。勿論結果が全てですが、中間発表のために実験を増 やして結果を得ようと焦るのではなく、結果が出なくても日々の実験から得られた結果を発表すればよいと思える環境を作っていけたらいいなぁと思いました。鞭がなければ働かないような学生ではこれからの世の中生きていけない のではないかと思います。

 このマンチェスターへの留学で得られた一番大きなものは何だろうと考えた時、それは行動力だと思うのです。私 はある友達に、ここイギリスでは、赤ちゃんになったように感じるかと尋ねられました。私は素直にそう思うと答え ました。まず、何から何までわからないのです。バスの乗り方、銀行口座の開き方、旅行の予約の仕方からその探し 方まで。まず自分は〜したいのだがどうすればいいのかと聞かなければならなかったし、インターネットという便利なものが幸いあるのでとにかく自分で探さなければなりませんでした。日本なら広島の見どころといえば原爆ドーム、東京からなら飛行機の方がいいかもねなど、大体の事がわかるのです。でもマンチェスターではわからないからこそ がむしゃらに動くしかなかったのです。そこで私は欲しいものがあったら自分で動いて得ればいいと思うようになり ました。日本では既存のもので我慢して、自分にもっと都合のいいように創るということをしないような気がします。 日本の国民性なのかもしれませんが日本人は大型バスで観光地に乗り込み、名所でおりて写真を撮るとまたバスに乗 り込むと友達にいわれたことに象徴されていると思います。もちろん休暇が少なかったりといった問題もあると思い ますけど。とにかく私は留学したことで今後の人生の充実度を左右しかねない行動力というものを手に入れました。 納得いかないことは自分の手で変えればいいんです。そしてこれからの日本を変えていけるのは小泉さんでもなく社 長さんでもなく社会に飲み込まれていない、おかしいと思える20代の我々なんだと思います。20代がどれだけ元気 に訴えられるかだと思うのです。徐々に社会の波を理解しはじめ逆らうことよりも乗ってしまった方が楽なのかもし れないけど、大人のまねをして早く分ってしまうよりも今おかしいと思える瞬間を大切にして欲しいと思います。

 今どれだけの人が自分の国を好きで、誰に対しても誇れるという気持ちを持っているだろうかと考えました。私自 信、日本の低迷といわれる時代に生き、‘自国を誇 る’という気持ちよりも恥ずかしい気すらしていました。でも日本はいい国です。一人一人が意識して生きるだけでも日本は元気になるのではないかと思うのです。

Communicated by Yoshihiro Shiraiwa, Received August 12, 2002.

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