つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2: 34.

連載:編集者の仕事

―第3回 編集者に求められる資質―

浦山 毅 (共立出版(株))

 編集者には、「適性」「能力」「知識」の3つの資質が必要だと思われる。適性とは、性格、人柄、積極性、責任感、 気配りなどを指す。能力としては企画力、判断力、交渉力、編集力などが考えられるが、要は本づくりに必要な総合的な能力である。知識には、一般常識や編集のための専門知識、学問や著者に関する知識などがある。

 適性は、どの職業にも共通した部分が多いと思うが、とくに編集者の場合は著者とのおつきあいが仕事の大半を占めており、著者が気持ちよく原稿を執筆できるような気配りが要求される。一方で、著者の中にはプライドが高すぎたり、わがままな人も多いので、あしらい方も心得ておかなければならない。編集者は著者とうまくつきあうことが仕事である。  能力についてだが、まず「企画力」を身につけるのに近道はなく、つねに企画を考えつづける姿勢が必要である。新聞や雑誌、テレビ番組、町中の会話、電車の中吊り広告など、どこに企画のアイデアがころがっているかわからない。編集者は24時間体制で、観察力、洞察力、注意力、関心、好奇心、情熱をもって日々過ごさなければいけない。ネタ探しの情報収集力も要求される。人に会って話をし、専門的な新聞や雑誌にも目を通し、学会やシンポジ ウムには積極的に参加し、インターネットをフルに活用するべし。

 「判断力」というのは、企画のよし悪しを判断できる能力である。自主的に企画を立案する場合にも要求されるが、企画が外から持ち込まれた場合にどう判断するかの感覚を普段から養っておかなくてはならない。それには、本が好きで普段から本をたくさん読んでいて、既刊の本に関してはその長所・短所が判断できていなければならない。さ らに、テーマ(専門)と著者の確からしさが判断できなければならない。最終的には編集者の勘が頼りになるが、できるだけ多くの判断材料を集め、客観的な判断を下せるよう努力しなければならない。編集者には、今よりもちょっと先を見抜く洞察力と、ほんのちょっとの金銭感覚が要求される。

 「交渉力」というのは、企画を成立させるため、著者との交渉ならびに社内での交渉を並行して進める能力である。著者との交渉に際しては、ある程度の専門知識を持ち、著者と満足のいく話ができなければならない。かつて、編集者は先生ではないのだから専門は知らなくてよい、といわれた。しかしそれは大きな誤りで、著者はその道の専門家だが、編集者も出版の専門家なのだ。交渉に必要な程度の専門知識は勉強しておくのが常識である。また、社内の企画会議との交渉もある。前回も書いたが、著者の意向と出版社の意向がつねに一致しているとは限らない。著者と社内との調整は、編集者にとってかなりの困難を伴う場合が多い。企画を成立させられるかどうかは、企画内容のよし悪しは言うに及ばず、編集者のプレゼンテーション能力も大きく影響するにちがいない。

 企画会議の結果、出版のゴーサインが出れば、こんどは著者とスケジュール交渉に入ることになるし、社内の関係部署(営業、宣伝など)との交渉も待っている。また、企画がボツになった場合、著者にその旨をうまく伝えて、著者と気まずい関係に陥らないように注意することも編集者の大事な役割である。ときには、企画を軌道修正して再提案に持ち込んだり、逆にこんな企画はどうかと逆提案に及んだりすることもありうる。ゴーサイン後の原稿催促も著者との大事な交渉で、実際に原稿が完成するまでの長い道のりを管理する能力や、途中で生じた問題を解決する能力も求められる。また、原稿が入稿すれば、まず読みこなして、必要があれば著者に疑問点を問いただしたり、原稿に注文をつけたりすることも必要となる。編集者はいちばん最初の読者でもあるのだから、わからない所やわかりづらい所はそのままにせず、勇気をもって著者に相談するべし。

 一方、かな遣いや用字用語の使用例などを含めて編集方針を決め、それにそってレイアウトを考えたり、必要な依頼先に仕事を発注しなければならない。最近は、コンピュータ上で組版ができたり、図版までデータで処理できるようになった。また、電子出版なども登場して、編集者は従来の本づくりのための知識に加えて、新しい技術も習得しなければならなくなった。また、文章表現に長けていて、著者に的確なアドバイスを与えることができ、多少の文章なら直せる、書ける、訳せることも必要で、要は1冊の本に仕上げるまでの「編集力」が求められるので ある。とくに、出版不況といわれる昨今、本づくりにかかる費用をできるだけ抑え、また短期で効率のよい製作が編集者に求められており、技術音痴でいられなくなった。さらに、本ができた後の営業や宣伝への協力も欠かせない。

 最後の「知識」については、これまで能力に関して述べた中にもいろいろ含まれていたが、さらに必要なこととして、著作権などの法規関係を勉強しておく必要がある。たとえば「引用」については、自分の著作に人の著作の一部を引用する場合、あくまで著作部分が「主」で引用部分は「従」でなくてはならず、それが引用であることを明確に区別し、その近くで出典を明示し、できれば原著者と原出版社に断りの連絡を入れることが望ましい。また、連絡を受けた原著者と原出版社は、よほどの問題がないかぎり速やかに許諾の連絡を返すべきである。本を刊行した後に無用なトラブルが起こらないよう、編集者は十分に注意しなければならない。 

Contributed by Takeshi Urayama, Received December 2, 2002.

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