つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 7: 322-323.

授業評価

「TWINSによる授業評価の意義と結果

林 純一 (筑波大学 生物科学系、生物科学類長)

 新学務システム、TWINS[1]による1学期の生物学類授業評価の結果が出た。当初、回答率が余りにも低かった場合は、結果の信頼性やそれを公表する価値すら疑われることになりかねないと言う一抹の不安が払拭できなかった[2]。しかし、結果をみて驚いた。実に生物学類の受講生の56%が参加したのである。一方、筑波大学新聞の9月19日号は一面のトップ記事で、全学で実施したTWINSによる授業評価の回答率は6%であったと報じた[3]。回収率のこの雲泥の差は一体どこからきているのだろうか。いずれにしても、56%の回収率という驚異的な数字で応えてくれた生物学類生にこの場を借りて感謝したい。

TWINSの弱点:低い回答率

 さて、筑波大学新聞は同じ記事[3]の中で、一橋大学の回答率が90%であったことをとりあげ、TWINSによる電子回答(筑波大学)と直接回収(一橋大学)との差が出たとしている。まさにTWINSによる授業評価の最大の弱点が露呈した感がある。しかし、残念ながらこの記事はもっと重要な両者の違いについてそれ以上の言及をしていない。確かに、一橋大学のように授業終了後にアンケート用紙を配布し、その場で回答させて回収したのであれば、回答率が高くなるのはごく当たり前の話である。

 しかしアンケート用紙を配り、評価を書かせ、そのまま回収する方式では、担当教官を前にして、評価しろと言われても忌憚のないコメントなど書けるはずもない。なぜなら、万一筆跡などから回答者の名前が判明すれば、回答者の成績評価に影響するのではないかという疑念を完全に払拭できないからである。生物学類の授業評価の目的の一つは、FD(授業向上)である[2]。したがって、一橋大学方式の授業評価は学生の本音が必ずしも出ていない可能性が強く、それを真に受けて授業改善に役立てようと言うのはあまりにも空しいことなのではないだろうか。

TWINSの利点:高い匿名性

 なぜ今回生物学類が、そして筑波大学があえて「TWINSによる電子回答」を実施したのかという理由の第一は、授業評価の「匿名性」の確保のためなのである。今回我々が実施した「TWINSによる電子回答」は、「回収率」が下がるというリスクを負っても「匿名性」を確保するというメリットを生かす方を優先させたと言える。生物学類授業評価の目的の一つがFDにあることからも、この完全な匿名性の確保は命綱といえる。もちろん回答率が低過ぎたのでは、どんなに匿名性、客観性が保てると言っても授業評価としてはやはり致命的である。高い匿名性と低い回答率:このジレンマの解消のため、生物学類は時間をかけて啓蒙活動を繰り返したのである[2]。

 実際、筆者の例で言うと以前まで個人的に行ってきた授業評価アンケートは概ね好意的な意見であった。しかし、今回のTWINSの授業評価アンケートを見てその落差に目を見張った。さまざまな改善すべき点が自由な言葉で数多く指摘されており、これまでとは全く違う受講生の「率直な生の声」がそこにあったのである。これはまさにTWINSが持つ「匿名性」の素晴らしさであり、FDの手段としても十分に機能することを証明していた。

TWINSの利点:情報処理の簡便性

 「TWINSによる電子回答」のもう一つの大きな魅力は回収した授業評価の「情報処理の簡便性」にある。我々がTWINSに飛びついたのはむしろこの利点の方が強かったかも知れない。今から3年前、筆者が小熊譲生物学類長のもとで生物学類カリキュラム委員長であった頃、生物学類も他の多くの他学類や一橋大学と同じように、アンケート用紙を配布し授業評価をした。しかし、アンケート結果の莫大な量の情報処理に時間を費やす羽目になってしまい、その後は実施しなかった。せいぜい4―5年おきくらいに実施するのでなければ、とてもできないような大変な時間と労力が要求されたのである。これに対し、「TWINSによる電子回答」は、学生が入力した情報を再びこちらが入力し直す必要がなく、授業内容の改善すべき点や評価できる点すらも、若干の加工を施すことでそのまま結果を教官や学生に伝えることができるのである。したがってこの「情報処理の簡便性」は、ただでさえ人手の足りない学類組織としては、今後の「授業評価の継続性」からみても極めて大きなアドバンテージなのである。

生物学類授業評価の特色

 ただし、今回同じ「TWINS」を使うにしても、筑波大学と生物学類の授業評価では二つの大きな差があった。

 第一は何と言っても導入をめぐる生物学類教員会議での徹底的な議論と、生物学類生への時間をかけた啓蒙活動である。我々はこの数字を期待して昨年1年間をかけて生物学類教員会議で議論し導入を決定した[2][4]。これを受けて直ちに生物学類生に対し、公表を前提とした授業評価実施に関する徹底的な啓蒙活動を行った[2]。その結果、冒頭でも触れたが、公式に発表されている回答率は、筑波大学が6%であるのに対し、生物学類は56%である。我々のこの熱意に対し、生物学類生も高い回答率という形で応じてくれたものと思っている。この数字は生物学類の授業改善に十分な情報ではないだろうか。ただし、この啓蒙活動は単に回答率を上げるために行っただけではない。この授業評価の結果は「公開を前提」とするため、それなりの真摯な対応が必要であることも同時に学生にアピールするというもう一つの重要なミッションを担っていたのである。このことについては後で述べることにする。

 第二は授業評価の際、単なる項目別の5段階評価(生物学類の場合は3段階評価)だけではなく、FDへ向けての学生からの提案を書き込むコメント欄を設けたことである。5段階評価のヒストグラムだけを見せられても、具体的にどのように対応すればよいのかわからない。生物学類の授業評価は学生の煩雑さを極力減らすため評価を3段階にしたが、「良かった点」と「改善すべき点」を改めてコメントとして提案してもらうことにした。このため筑波大学全体のものに比べると、一つの授業評価に要する時間ははるかに多く必要だったに違いない。ましてや生物学類生は両方に参加しなければならなかった。にもかかわらず56%の回答率を得たと言うことは驚異的である。しかも各授業に対し、きめ細かいコメントを書いてもらったことに改めて感謝したいと思う。これらのコメントは各教官が今後の授業改善に必ず有効に活用できるはずである。

授業評価結果の公表方法

 しかし今回の結果を喜んでばかりはいられない。これは単に始まりが上々の滑り出しであったというだけである。生物学類生の積極的な対応に今度はこちらが答える番である。先ず迅速に対応すべき問題は授業評価結果の公開である。ただし、授業評価結果を安易に公表した場合、予期せぬ問題点が出てくる可能性がある。かつて筑波大学の教養教育がD評価を受けたことがあった。これに対する公式の見解が出されていないため反省のしようもないが、その原因が、公表を前提としなかったアンケート結果が使われたためという見方がある。今回生物学類は、このような過ちを繰り返さないため、先に述べた啓蒙活動で、公表を前提とするので第三者が見ても恥ずかしくないようなクオリティーの高い真摯なコメントを書くことを周知徹底した。

 9月24日に開催された第209回生物学類教員会議で公開方法が審議され、まずは結果の要約を生命・情報等教育研究支援室(第二事務区)前の生物学類の掲示板に掲示すること、そして全ての結果を冊子にして、生物学類長室に保管し、教官や学類生の自由な閲覧(当面帯出とコピーは不可)ができるようにすることを決定した。もちろん、授業担当教官には「別刷り」の形で評価結果を配布し、今後のFDの参考にしていただくことになった。そして少なくとも今年度は残る2学期と3学期の授業評価も同様に行い、最終的に年間を通した生物学類授業評価を、生物学類が発行している月刊誌「つくば生物ジャーナル」の特集号で社会に対して公開するかどうかを継続して議論していくことが了承された。

参考文献
  1. TWINS: Tsukuba Web-based Information Network Systemの略称で、学生の履修申請、教官の成績報告など授業に関わる業務をパソコンのブラウザ(閲覧ソフト)を用いて行うシステム。このシステムはアンケート機能も搭載していることから授業評価などにも活用できる。
  2. 林 純一:特集:授業評価 TWINSによる生物学類授業評価の理念 つくば生物ジャーナル 2:178-179, 2003
  3. 筑波大学新聞 2003年9月19日(231号)
  4. 林 純一:特集:授業評価 TWINSによる生物学類授業評価導入の経緯 つくば生物ジャーナル 2:176-177, 2003
Contributed by Jun-Ichi Hayashi, Received October 15, 2003, Reviced version recieved Nobember 27, 2003.

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