つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 7: 322-323.

葉っぱのストレス解消法 −植物の環境ストレス耐性機構−

青野 光子 (国立環境研究所 生物圏環境研究領域 分子生態毒性研究室)

 平成14年から、総合科目「生物に学ぶ」(漆原秀子先生責任者)の授業を担当させていただいている。ついこの間まで2B410教室あたりに座っていたように思うのだが、今度は自分が黒板の前に立って講義をしているのだから不思議なものである。生物学類に入学したのが1983年であるから、早いものでもう20年がたつ。大学の4年間に続いて修士課程環境科学研究科に1年間在籍し、その後国立環境研究所(http://www.nies.go.jp、当時は国立公害研究所)に職を得て現在に至るまで、20年間のほとんどをつくばで学び、働いてきたわけである。

 卒研では田仲可昌先生のご指導で細胞性粘菌、修士の一年間は現在東京工業大学にいらっしゃる岡田典弘先生の下でサケ科魚類、環境研に就職してからは植物、と研究生活の初めの頃は、毎年のように扱う材料が大きく変わっていた。しかし、少なくとも分子生物学的観点からの研究という点では一貫しており、また植物を材料とするようになってからはかれこれ15年以上経つところをみると、根無し草もようやく土を見つけて曲がりなりにも根付いてきたということだろうか。根付いた植物は動き回れないので、その場で種々のストレスにうまく対処しなければならない。本稿では、国立環境研究所において行ってきた植物の環境ストレス耐性機構に関する研究を紹介したいと思う。

 まず、植物の環境ストレス耐性について、簡単に触れておきたい。生物は、さまざまな環境要因、例えば乾燥、強光、低温、紫外線などの自然界における要因や、あるいは大気汚染ガス、化学物質などの人為的な要因によってストレスを受ける。動物なら、場合によっては移動してこれらの要因から遠ざかり、ストレスによって引き起こされる障害を免れることができるかもしれない。しかし、すばやく移動してストレス要因から逃れることのできない植物は、その場でストレスに耐えて克服しなければ生き延びることができない。そこで、高度な環境ストレス耐性機構を発達させてきたのである。

 私が研究所において最初に携わったのが、環境ストレスの一つである大気汚染ガスに対して耐性を示すような遺伝子組換え植物の作製である。すなわち、遺伝子導入によって、植物が生来有しているストレス耐性の能力を強化しようとしたのである。

 では、どのようにして導入すべきストレス耐性の遺伝子を選んだのかについて説明していこう。大気汚染ガスによって、植物には生長の抑制や光合成の阻害、葉の脱色や組織の壊死といった障害が引き起こされるが、その原因物質の一つに活性酸素がある。活性酸素とは、非常に反応性に富んだ酸素の分子種で、分子状の酸素が一電子還元されたスーパーオキシドラジカル(O2-・)や、過酸化水素(H2O2)、ヒドロキシルラジカル(OH・)などがあり、タンパク質や脂質などの生体物質と反応して細胞に損傷を与える。活性酸素は、光と酸素のある状態でストレスを受けたときに植物体内で発生する。オゾンや二酸化硫黄など大気汚染ガスに曝されたときばかりでなく、ある種の除草剤や、強光や乾燥のような他の環境ストレスでも発生するし、特にストレスを受けずに植物が光合成を行っているときにも少量発生している。

 植物は長い進化の歴史の中で、酸素を高濃度に含む大気中で太陽からの強い光をエネルギーとして利用し、また周囲の環境の変化に適応するための環境ストレス耐性機構の一つとして、活性酸素を消去する系、「活性酸素消去系」を獲得してきたのである。

 活性酸素消去系は、「毒物」である活性酸素を、抗酸化酵素や酸化還元物質の働きで無毒な水に変えていく系である。この系の代表的な例を簡略化して図に示した(図1)。発生した活性酸素のスーパーオキシドラジカルは、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)によって酸素と過酸化水素に不均化され、さらに過酸化水素はアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)によって水に変えられる。この反応で酸化されたアスコルビン酸(ビタミンC)を再び還元するために、グルタチオンと呼ばれるトリペプチドや、グルタチオンレダクターゼ(GR)などの酵素が働く。

図1 活性酸素消去系

 この活性酸素消去系で働く抗酸化酵素の活性を遺伝子操作によって改変することで、活性酸素消去能力の高い、すなわち環境ストレスに対する耐性の高い植物を作り出すことができると考えた。私たちは、グルタチオンレダクターゼやアスコルビン酸ペルオキシダーゼをはじめとした抗酸化酵素の活性を高めた遺伝子組換え植物を作製し、大気汚染ガスのオゾンや二酸化硫黄に対し、その中に、ある程度の耐性を持つ組換え体があることを示した。また、一部の組換え体植物は大気汚染ガスばかりではなく、活性酸素を発生させることで殺草作用を示すような除草剤に対しても耐性が高くなっていることもあわせて示した。これは、活性酸素が、環境ストレス状態における植物体内で障害の原因物質として共通して発生していることを示唆している。その活性酸素の消去能力を高めることで、大気汚染ガスや除草剤に曝されても枯れない、つまりストレスに強い植物を作り出すことができた、ということである。もちろん、どんな植物でも抗酸化酵素の活性を高めれば全ての環境ストレスに強いスーパー植物ができるというわけではなく、限定された条件下での特定の環境ストレス耐性、という結果ではある。これらは90年代半ばの仕事である。詳細については拙著を参照されたい[1]。

 この結果を応用すれば,例えば大気汚染ガスに対し高い耐性を持った樹木を使って大気浄化を行うこともできるようになると考えられる。植物の能力を利用して環境を修復する,「ファイトレメディエーション」の一例である。また,逆にこれらの酵素の活性を低くして,ストレスに対し感受性の高くなった植物を使えば,環境中のストレス要因を敏感に検出する,つまり環境を監視する「ファイトモニタリング」を行うこともできる。高価な測定装置を用いなくても,植物の葉を見ればその状態によって環境の状態を把握することが可能となる。このように植物のストレス耐性機構を解明し,その知見を応用することで,植物の能力をいっそう活用した環境保全ができるようになると期待される。

 しかし、この実現のためには、遺伝子組換え体を開放系(閉鎖された実験室内ではなく野外)で栽培することになるので、その生態系に与えるリスクの慎重な評価が必須であるなどの課題は多い。国立環境研究所の私たちのグループでは、遺伝子組換え植物の生態系影響評価の研究も行っている[2]。

 ところで、活性酸素消去系における抗酸化酵素のように、既に機能がある程度推察されている遺伝子を導入して組換え体を作り出す方法では、常に思い通りの性質を持った組換え体が得られるとは限らない。生体の反応は非常に複雑で、例えば活性酸素にしても、生体物質を損傷するばかりではなく、実はストレスに対する生体内のいろいろな反応の情報を伝達する物質としての役割もあることが近年わかってきている。活性酸素をただ消去するだけがストレス耐性機構ではないのである。

 一方、ある性質を持つ植物から、その性質の原因になっている遺伝子を単離・決定し、ストレス耐性機構を解明するという方法も考えられる。そのために非常に有効なのが突然変異体を用いた研究である。突然変異体を用いれば、特に、発現量は非常に少ないが重要な機能を持つ遺伝子(例えば情報伝達系にかかわる遺伝子)の単離をすることができると期待される。現在私たちは、オゾンに対する感受性が高い植物(シロイヌナズナ)の突然変異体を用いて研究を行っている(図2)。シロイヌナズナは小さな野草だが、全DNA配列が既に決定されており、微生物でいえば大腸菌、動物でいえばショウジョウバエやマウスに匹敵する、極めて有用な実験植物である。最近、一つの突然変異系統の解析から、オゾンによる傷害を受けやすくなっているのは、傷害を防ぐために働く情報伝達系がうまく機能していないことによるためであることが明らかになった[3]。簡単に説明すると、オゾンによる傷害には、植物の傷害ホルモンであるエチレンの発生が深く関与しているが、このエチレンの発生を抑制し、傷害を防いでいると考えられるのがジャスモン酸という物質である。この突然変異体では、ジャスモン酸に対する感受性が低くなっているため、エチレンが多く発生してしまい、オゾン傷害が起きやすくなっていると考えられる。

図2 0.2ppmオゾン暴露前(0h)と8時間暴露後(8h)のシロイヌナズナ野生型(Ws-2)及びオゾン感受性突然変異体(oji1)。突然変異体では、オゾンによる葉の傷害(白くなっているところ)が顕著である。

 オゾン感受性シロイヌナズナの他の系統も含め、突然変異体からの遺伝子の単離に向けて研究が進んでおり、得られた遺伝子がどのようにオゾン感受性に関わっているのか、解明を楽しみにしているところである。

 何気なく気楽に生えているように見える路傍の雑草も、その体内で高度な環境ストレス耐性機構を働かせて賢く生きているのである。そしてふと気づくと、ささやかだがなかなかセンスの良い花を咲かせたりしている。どんな生物からも、いろいろ学べるものである。

参考文献
  1. Aono, M (2002).: Manipulation of genes for antioxidative enzymes; In Edited by Omasa, K., Saji, H., Youssefian, S., Kondo, N.“ Air Pollution and Plant Biotechnology“, pp. 403-413; Springer-Verlag, Tokyo, Japan
  2. 中嶋 信美(2003)国立環境研究所ニュース 22 (3) シリーズ重点特別研究プロジェクト:「生物多様性の減少機構の解明と保全」から 遺伝子組換え植物の生態系影響評価
  3. Kanna, M. et al (2003) Isolation of an ozone-sensitive and jasmonate-insensitive Arabidopsis mutant (oji1), Plant Cell Physiol. 44 (12), in press
Communicated by Yoshimasa Tanaka, Received October 20, 2003.

©2003 筑波大学生物学類