つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2: TJB200312MC.

特集:下田臨海実験センター設立70周年記念

千原 光雄 筑波大学名誉教授

(元下田臨海実験所助手、元第2学群長、植物系統分類学)

 下田在住10年の研究は、もっぱら海藻の生殖と生活史しらべでした。建物は古く設備は貧弱で、伊豆急もまだないころでしたが、自然は豊かさに溢れていました。潮が良くて天気が良ければ、いつも鍋田や須崎の磯へ出かけて、海藻の様子を見るのが日課でした。いつごろ生殖細胞をつくるか? 泳ぐ胞子つまり遊走子やオス・メスの配偶子が泳ぎ出すのはいつごろか、を見付けるのです。継続は力なりいといいますが、2-3年もするとおよその見当がつくようになります。“よい状態だな”とおもう海藻を採って実験室へ持ち帰り、生殖細胞を放出させるわけです。配偶子ならオス・メスを掛け合わせます。そして室内培養で、どのように成長して形態形成するかを追跡します。

 一般に、藻類は体のつくりは単純ですが、生活史は複雑ですので、分類や系統解析の形質探索に優れた手がかりを提供してくれるのです。

 ブドウの房の様なタマゴバロニア(写真)という緑藻がありますね。あの玉の一つひとつは一つの細胞です。初夏に細胞壁の内側に遊走子や配偶子が何千何万とびっしりとでき、一斉に放出されて泳ぎ出します。すると親は消えてなくなってしまします。分かれば単純な話ですが、最初に見つけたときは大変な感激でした。別の種の名前のついていたものが同じ種類であった海藻も幾つか発見しました。例えば紅藻のカギノリやカギケノリなどです。これは有性世代で、タマノイトやファルケンベルギアという名の紅藻が無性世代であることを培養で実証したというわけです。遊走子や泳ぐ配偶子をいつも見ていましたので、冬のセンター前の砂浜の緑がテトラセルミス(=プラチモナス)、タイドプールの緑色のうぶ毛様の群体がプラシノモであるなど、当時分類や生態の知見が日本では皆無に近かったプラシノ藻類であることが分かるのにそう時間はかかりませんでした。プラシノ藻類については後に、つくばの研究室の皆さんの協力で国際的な研究に発展させることができました。

緑藻のタマゴバロニア

 臨海実験センターの教育について常々考えていることが3点ほどあります。一つは、ナチュラルヒストリーの素養を身につけた学生を育てて欲しいことです。臨海実験センターは自然の生きものを直接観察し、採集し、そして調べることができるところです。自然に関心をもつ学生をぜひ育ててください。環境問題や自然保護問題に目を向ける人材の出現が大いに期待できるでしょう。二つ目は生物における一様性と多様性の認識です。言わずもがなですが、多様な生きものを手づかみにすることができる臨海実験センターは、一様性vs多様性の認識をさらに深める絶好の場といえましょう。「猟師、森を見ず」という諺がございます。これが三つ目です。微に入り細に亘る研究をやっていますと、獲物を追っかけるのに急で、全体を見る目を失いがちです。生物学の研究には解析・分析と総合・統合の両面のアプローチが不可欠です。センターは総合・統合アプローチを身につける最適の場であると、わたくしは思っています。

Contributed by Taketeru Kuramoto, Received October 21, 2003, Revised version received October 28, 2003.

©2003 筑波大学生物学類