つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2: TJB200312YH.

特集:下田臨海実験センター設立70周年記念

広瀬 裕一 琉球大学理学部助教授

(下田臨海実験センター元助手、動物発生学)

 大学に入学した頃、私は漠然と動物発生学にかかわる研究やってみたいと思っていました。当時、関連分野の研究室は幾つかあったのですが、渡邊浩先生の講義を聴いたときに「この人についてゆこう」と決めてしまいました。何よりも、丸ごとの生き物にぶつかって研究をスタートするのだという信念が心に響いてきて、私がその後6年間の学生生活を下田臨海で送ることを決定づけたのでした。

 下田に来て初めに教わったことは、イタボヤの採集と飼育です。最初はホヤと海綿の区別もよくわかりませんでした。ホヤが採れたら木綿糸でスライドグラスに縛りつけて、鍋田湾の生簀の中で育てます。その後は、毎週ボートを漕いで、ホヤを研究室に持って帰り、世話をして、また海に返しての繰り返しでした。研究は自分で切り開いて行きなさいというのが渡邊先生の指導方針でしたが、毎週のように私が育てているホヤの状態を覗いたり、研究経過について耳を傾けてくれました。振り返ってみれば、とても贅沢な時間だったと思います。とにかく「材料である生物を愛し、生物の気持ちになって観察しなさい」と教わりました。そして本当にホヤとつき合えば必ず何かユニークな現象に出会うことができました。

動物学会誌の表紙を飾る群体性ホヤのユニークな論文、その2つの研究成果

 今日に至るまでホヤは私を裏切ることがありません。こんなパートナーに出会えたことを幸せに思っています。

 下田における私の研究はどれも生簀で育てた群体ホヤを材料にしたものです。代表的な研究に「胎生のイタボヤにおける強制癒合の発見」があります。これは同種の異群体が群体成長端で接触すると拒絶反応が生じる(非自己の拒絶)のに、群体切断面で接触すると癒合して血管系もつながる(非自己の寛容)現象です。強制癒合は自己-非自己認識の場が群体の皮の部分(被嚢)に限定され、血管系では認識が行なわれないことを示します。胎生のホヤでは親群体が血管系で保育する胚を排除しないように、血管系での非自己認識系を二次的に失ったのだろうと考えています。胎生という生殖様式の獲得と非自己の排除を両立することは、ほ乳類をはじめとする様々な胎生動物にとって重大な問題ですが、イタボヤ類の研究はその解決法の一つを示せたのではないかと思っています。この研究にとって下田の海が育む様々なイタボヤ類と鍋田湾に浮かぶホヤ生簀が必須であったことは言うまでもありません。

 世界中の海がつながってはいても、場所によって海の顔は違います。現在私はサンゴ礁の海に潜ってホヤの採集をしていますが、カジメの海中林が懐かしくなることがあります。下田臨海を拠点として、この海でなければできない研究が、これからもどんどん進められてゆくことを願っております。

Contributed by Taketeru Kuramoto, Received October 21, 2003, Revised version received October 28, 2003.

©2003 筑波大学生物学類