つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2: 158-159.

連続特集:菅平高原実験センター

学類生も積極的にセンターの利用を

東城 幸治 (日本学術振興会・科学技術特別研究員/農業生物資源研究所)

 こうも大きく人生の岐路になろうとはつゆ知れずに、「菅平」の地に最初に足を踏み入れたのは12年前、1990年冬のことです。早いもので、もう12年もの月日が流れてしまいました。当時、生物学類1年次生には、「基礎生物学野外実習」という必修の実習がカリキュラムに組み入れられておりました(90年度から93年度までの4年間限定の実習で、A-Dの4実習から1つ選択するものでした)。この実習には、受講者として、また、後輩の実習のお手伝いをさせていただいたことも含めまして、私の菅平での生活の中でもたいへん想い出深いものでありますし、期間限定で行なわれた実習の数少ない受講者の一人でもありますので、今回与えていただきましたこの機会に、この実習に関して記させていただきたいと思います。

図1 スタッフと大学院生ら、真冬の菅平・根子岳山頂にて(2,207m:山スキーにて登頂)

 基礎生物学野外実習のうち、A・Bの2コースは、つくばの大学周辺をフィールドにしたもので、それぞれ夏休み・秋休み期間を利用して、また、C, Dの2コースは、菅平高原実験センターにて、それぞれ夏休みと春休み(私が受講した90年度のみは年末休み:なんと12月25〜28日までの4日間)を利用して開設されたものでした。90名余りの1年生がA-Dのいずれかの実習を履修しなければならなかった訳ですが、自然豊かな地で「生物学」を学びたいと、あるいは非日常的な合宿制の実習に魅力を感じてか、菅平で開講された2つの実習に希望が集中し、人数調整のための話し合いをしたことを鮮明に記憶しています。そして両実習ともに定員を大幅に上回る三十数名が参加したように思います。私は、真冬の菅平コース(D)を希望し、熾烈な人数調整合戦にもなんとか勝ち残ることができました。あの手この手と御託を並べては同じコースを希望する仲間を蹴落としたような記憶もなんとなく残っておりますが、その後、菅平で研究生活を送ることとなりましたので、それ程にも強い希望であったものと、あの時涙を呑んだ同期生からも酌量いただけるものと勝手に解釈しております。そして、この実習への参加が、その後の菅平との長い付き合いのきっかけとなりましたが、この「初菅平」の経験は、私にとって相当ショッキングなものであり(もちろん良い意味で)、すっかり心奪われてしまいました。「初恋」と「一目惚れ」を一度に経験したようなものです。

図2 真冬の菅平・自主開催野外実習風景(大明神滝を背景に)

図3 真冬の菅平・自主開催野外実習風景(野生動物を探しながら大明神滝へ向かう)

 実習中、毎朝の食事の際、「氷点下十数度」という、これまでは天気予報の中でしか経験したことのない前日の最低気温の報告を受けながら、そんな過酷な環境の中でも脈々と生命をリレーしている生物の生き様を垣間みることができましたし、また、教室での授業ではそれぞれが分野の異なる学問として教わる動植物、微生物の分類学や生態学などが、ここでは互いに関連づけられながら、自然を一つのシステムとして総合的に捉え、その体系の中での分類学なり、生態学を学ぶことができました。「当たり前のこと」でもあるのかもしれませんが、これだけ生物学の各分野が専門化・細分化されている中、それぞれの関連性を意識して「生物学」に面と向かったのは、正直、この時が初めてでした。そして、この実習はもちろん、菅平という地にもすっかり惚れこんでしまい、翌年、2年次には動物学野外実習を受講しました。そして、これらの実習への参加をきっかけに、卒業研究、つづけて大学院生物科学研究科での研究生活を菅平を拠点に行なうこととなりましたが、この菅平での研究生活は期待以上の充実感を与えてくれるものでありました。12年前の一目惚れも間違ってはいなかった、と満足しております。魅力あるフィールドと研究室が隣り合わせであるために、自然から発せられる様々な情報を常に感受することができましたし、経験豊富な先生や職員の方々から、そして一緒に菅平で研究生活を送った先輩方や朋友らからも、研究室の垣根を超えて、日々様々なことを教わることができました。このような研究と生活が隣接した中での共同生活に近い日常は、常に「生物学のサロン」的な雰囲気で満たされており、現在も、菅平で体得した様々な事柄は私にとっての貴重な財産となっております。

図4 真冬の菅平・自主開催野外実習風景(真冬の野鳥観察)

 この寄稿に際し、初めて菅平を訪れた時からの菅平での研究生活を一通り振り返ってみる懐かしい機会がもてましたが、少し残念に思われますのは、私自身にとって人生の転機となりました、とても印象の深い基礎生物学野外実習が、今は行なわれていないという事です。私自身がそうでありましたように、今後も、一人でも多くの学類生が、早い時期に菅平高原実験センターの存在を知ることで、専攻あるいは研究室選考の際の選択肢の一つに加えられることを期待しますし、また、将来どのような分野に進もうとも、あのような実習での経験は必ずや活きてくるものと思われるからです。

 基礎生物学野外実習がカリキュラムから消えて9年目を迎える今冬、学類の2・3年次生10名ほどが主体となり、かつて私たちが受講した際に用いられた「基礎生物学野外実習D」のテキストを引っぱり出しての、自主的な「学習会」が菅平で開かれたと耳にしました。また、この学習会に、センターの先生方もご協力下さった、と。私にとってもとても嬉しいニュースでしたし、きっと参加された学生も充実した時間を過ごされたものと思います。元々、菅平高原実験センターは、意欲のある学生に開かれた施設です。学類生の皆さんには、菅平で開設されている正課の実習への参加を奨めることはもちろんですが、気の合う仲間同士、まとまった休日を利用しての施設利用を是非ともお奨めしたいと思います。きっと、意欲ある皆さんに、センターの教職員の方々は悦んでご協力下さることでしょう。

Communicated by Yuzuru Oguma, Received February 25, 2003.

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