つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 7: TJB200307JH.

特集:大学説明会

筑波大学生物学類の説明会へようこそ

林 純一 (筑波大学 生物科学類長)

1 はじめに

筑波大学の大学説明会で生物学類を選んでいただき心からお礼を申し上げたい。本日の説明会で教官や学生の話を聞いたり、さまざまな研究施設を見学したりすることで、是非とも生物学類の素晴らしさを実感し皆さん自身の勉学の動機付けをしてほしい。自分の力以上の物事を達成しようとする時、動機付けの差は極めて重要なポイントとなる。砂を噛むような受験勉強を義務としてやるか、本当に必要を感じてやるか、後者になるように今回の説明会で自分の魂に火を付けてほしい。自分の力以上の力を出すことを身を持って体験できれば、その貴重な体験は受験だけでなく将来にわたっても必ず役に立つはずである。

2 筑波大学生物学類の教育目標

 さて、生物学類の主たる教育目標は生物学の研究者と教育者の育成であり、基本的には大学院進学を前提とした教育を行っており、生物学類生の進学率(80%)は全学で1位である。  したがって、私たちのカリキュラムは手に職をつけること、すなわち「役に立つ技術」を身につけることを目的としていない。皆さんはもしかして、生物学類に入学して「役に立つ技術」を身につけずに社会に出ても大丈夫なのかという不安を持っているかも知れない。しかし、私たちの教育の最も重要なセールスポイントは「役に立つ技術」ではなく「科学する能力」を身につけることなのである。「科学する能力」は、皆さんが大学院に進学して研究者になったり教育者になるには、当然必須のものである。

 ところが、この「科学する能力」は何も研究者や教育者にだけ必要なのではなく、実はどのような職種にも必ず要求される極めて重要な能力なのである。これは「問題発見解決型学力」、つまり問題点を自ら見つけ、それを探求心や創造力を持って解決できる学力とまさに同等であり、21世紀の社会ではどのような職種であれこのような「科学する能力」がますます要求されるようになるはずである。したがって、生物学類で生物学を学んだのに、生物学とは直接関係のない職業に就く学生がいても決して不思議なことではないし、事実思いがけない職種で大活躍している生物学類卒業生はたくさんいる。そして即戦力となるような「役に立つ技術」を教育されたグループとはひと味違った魅力を提示できるはずである。

3 今なぜ生物学なのか?

 まず大学で生物学を学ぶ意義についてお話したい。21世紀はまさに生物学の時代である。「自然科学」の学問分野の中でも生物学は近年ますますその中枢を占めるようになった。高校までの「自然科学」のスターは数学であり、次に物理や化学が続く。理系では受験に際してこれらの科目の選択が多く、医学部では生物を選択させない場合もある。しかし受験が終わり大学以降になると、理系のスターの座は一変して生物学になる。残念ながら高校の先生や受験生の多くはこのことに全然気がついていない。実際、「自然科学」の国際一流誌に掲載される論文のほとんどが生物学関連の研究論文である。さらに、連日マスコミをにぎわわせている環境保全、遺伝子改変、クローン、再生医療、ゲノムサイエンスなど話題の中心も生物学であり、21世紀の社会が生物学に寄せる期待はますます大きくなっている。つまり『受験』ではなく『研究』の世界では「自然科学」の中枢を生物学が占領しているのである。

 生物学はまた、医学、獣医学、保健学、農学、水産学、薬学、工学などの応用分野の学問と「生命科学」の領域で競合するが、やはりその中枢に位置している。これらの応用分野は常に人の役に立つことが強いられる学問であるが、生物学の基本は生き物の構造と機能の美しさ、不思議さに対するわれわれの好奇心を重要視するピュアサイエンスなのである。最近、多くの企業は大学で即戦力となる教育を受けた学生よりも、むしろ基礎をしっかりと学び、「問題発見解決型学力」をしっかり教育された学生欲しがる傾向になりつつある。だからこそ、この生物学類でピュアサイエンスの醍醐味を存分に味わっていただきたいし、私たち教官は自信を持ってこの生物学類カリキュラムを皆さんに提供するのである。

4 今なぜ筑波大学生物学類なのか?

 筑波大学生物学類の特色は、すでに述べたように大学院進学率が全学で1位という点、更に一学年の学生定員80名、教官数50名と全国1位を誇り、学べる領域が多岐に渡っているため、学生が選択できる専門分野の数が多いという点である。その結果、生物学類卒業生のカリキュラムに対する満足度は学内調査で全学1位であった。

 カリキュラムに関する生物学類独自の極めてユニークな特色は以下の2点にまとめることができる。

(1)基礎生物学を重要視した基礎生物学主専攻、および応用生物学主専攻の機能生物学コース:生物学のバックボーンとなる学問分野で、多くの国立大学では改組リストラによって消滅させた系統分類学や環境生態学など、生命現象を生物集団レベルで統合的に解明していこうとする統合生物学を主体とした基礎コースが中核となっている。もちろん最近の伸展が目覚ましいゲノムサイエンスや遺伝情報発現系、シグナル伝達、神経生理など、分子生物学的手法を用いることで生命現象を分子レベルで分析的に解明していこうとする情報生物学が中心の機能生物学コースも充実している。

(2)学際生物学を重要視したコース応用生物学主専攻の応用生物化学コースと人間生物学コース:他大学の生物学科は組織上、数学、物理、化学、地学とともに理学部の一学科として存在するのに対し、本学では生物学科だけが生物学類として独立し、学際性を特徴とする第二学群に所属している。このアドバンテージを存分に生かしたのがこれらのコースの特色で、数学や物理学より生物学の応用分野である農学や医学との接点の方がより強い。応用生物化学コースは生化学や酵素化学、人間生物学コースはウイルス学や免疫学の講義も取り入れているのが特色である。

 多くの大学の生物学科は改組によって何と基礎生物学の分野をリストラし、分子生物学のような売れ筋の分野のみを集めた単純なコンビニ・カリキュラムに変身している。これに対し生物学類では本学類の長い伝統にはぐくまれた基礎生物学の分野を大切にしているだけでなく、流行の分子生物学はもちろん、他大学では全く手を着けていない生物学と農学や医学など実用的学問との融合分野を精力的に取り入れた学際的なコースも開設している。このようなそれぞれのコースの多様な特色は、様々な個性と可能性を持つ学生諸君の要望に十分対応できるものであり、生物学類生や卒業生だけでなく社会からの評価も極めて高い。筑波大学生物学類の強みはまさにこれらの多様なコース設定にある。

5 生物学類と自然学類の違い

 すでに述べたように、『受験』ではなく『研究』の世界では「自然科学」の中枢を生物学が占領している。つまり、もはや「自然科学」は「生物学」と「非生物学」に分類した方が実状を正確に反映しているといえる。他大学では、今でも生物学科は理学部の一学科という位置づけをしているが、これは上記の実状から考えると極めて不自然なことである。筑波大学では開設の早い時期から生物学類は自然学類と対等の立場にある。しかも、これもすでに述べたことであるが、生物学類は基礎生物学を根幹に置きながら、なおかつ生物学の周辺領域である医学や農学との学際領域も積極的の取り入れた専攻(生物学応用専攻)も設けられている。そう考えると、生物学類は「生命と文化」に関する学際領域を主体とした第二学群に所属している理由もおわかりいただけると思う。

6 筑波大学生物学類が求める生徒

 以上の観点に立った上で、私たちは最低以下の三つの条件のいずれかを、できればいずれも満足できる生徒に入学してほしいと考えている。第一に生物学の研究者や教育者を目指す生徒。第二に生き物や生物学が好きで、とりわけ生命現象に対して好奇心と探求心のある生徒。第三に生物学類のカリキュラムをクリアできる能力を持つ生徒である。そのためには自分の好きな分野だけではなく、やりたくない嫌いな分野の授業でもきちんとこなすことができる能力を持ち、さまざまな障害を英知を持って克服できなければならない。この能力は生物学類で卒業研究を遂行していく上でも、大学院に進学しても、社会に出てからも要求される大切な能力である。その意味からも、受験生の皆様は現在嫌いな科目の受験勉強にも励んでいただきたい。

参考資料:全国初の生物学類月刊誌「つくば生物ジャーナル」刊行による情報交換システム このジャーナルの目的は、「教官と学生」、「大学と社会」、「現役とOB」等の間の双方向コミュニケーション媒体として時代や社会の要請を「統合的」にまとめること、そしてこれからの社会が求める「情報公開」の最も有効な媒体とすることである。さらにこのジャーナルを通して、現役の限られたスタッフだけでなく、退官された教官や本学類卒業生などを生物学類の「知的財産」として有効に活用することで、学内外の意見を聴取し、全国に先駆けた新しい生物学教育の実践を可能にするものである。これは全国の他大学でも全く例を見ない極めて独創的なもので、マスコミからも高く評価され、今年1月の読売新聞の茨城版に「全国でも例のない月刊誌の創刊」としてトップ記事で紹介された。

Contributed by Jun-Ichi Hayashi, Received August 1, 2003, Revised version received September 17, 2003.

©2003 筑波大学生物学類