つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 7: 316-317.

アカデミックハラスメントの現状と、今私たちにできること

箕浦 高子 (筑波大学 生物科学系)

はじめに

 アカデミックハラスメントとは、大学など研究教育の場での権力を利用した嫌がらせを指し、それによって個人の正当な権利である研究・就学の機会が奪われることを指す。教授など上位教員による下位教員への研究妨害、昇任の保留、退職勧奨や、学生が教員から受ける指導拒否、学位取得妨害などが含まれる。性的要素を含むものについてはセクシュアルハラスメントとして学内でも相談・対策のシステムが整備されているが、その他のものについては何の対策もないのが現状である。アカデミックハラスメントの背景には大学内での階層構造、徒弟制文化、研究費や人事権の一点集中などがあるが、ハラスメントにおける構図の全てが、集団的マジョリティー(例えばヘテロセクシュアルな男性)からのマイノリティー(例えば女性、留学生、ホモセクシュアル)に対する嫌がらせ、あるいは、社会的強者(例えば教授、先輩学生)からの弱者(例えば指導を受ける学生)への権力行使であることを考えれば、ハラスメントを受ける側にとっての救済策(いわゆる駆け込み寺のような窓口)の整備が早急の課題であろう。以下にアカデミックハラスメントの現状について記しつつ、その予防と対策について今後実践しうる提案をまとめた。

1.全構成員の自覚を促す

 そもそも、全てのアカデミックハラスメントは重大な人権侵害である。このことを今一度確認しておきたい。大学内では全ての構成員がその身分や立場にかかわらず、共に一個の人間として対等な人格を持つということを、全構成員があらためて認識すべきである。例えば、教員が学生を「指導してやる」「単位を与えてやる」あるいは「不合格にしてやる」という考えは大変な思い違いである。教員が学生を指導することは単に「契約上の義務」であり、学生が指示された課題を提出するのもまた「契約上の義務」である。しかしながら、大学の構造自体、あるいは長年に渡る徒弟制文化によってこれらに対する認識が妨げられているというのが大学の現状である。また、アカデミックハラスメントは「それを引き起こした当事者のみのモラルの問題」でもない。誰もが安心して学究に専念できる環境を作り出すことは、大学としての本務である。何か事態が生じた場合にその当事者に相応の処分を下すことは当然必要であるが、当事者を糾弾するのではなく、そのような事態の再発を防ぐための包括的な対策が最も望まれる。

 セクシュアル・ハラスメントが許されざる行為であることは当然である。しかしこのことが逆に「大学という最高学府においてそのようなことがあってはならない」としてその事実を矮小化・隠蔽する方向に進むことが最も危惧される。上述のように実は大学の構造自体がハラスメントの温床としての要素を十分に含んでいるのである。大学は、ハラスメントの可能性や事実被害が存在すること、そしてその対策も完璧ではないことを正直に認め、被害を少しでも減らすために鋭意努力しているのだという姿勢を内外に示すべきである。表面的な整備のみでは事態を何ら改善しないばかりか、深刻な二次被害を引き起こす危険性がある(セクハラを例にとると、現在日本中の大学で文部省の通達を受けて一斉にセクハラ防止規程等がつくられているが、残念ながら一部の大学では形式的にセクハラ相談員が任命された結果、彼らや大学当局の認識不足によるセクハラ二次被害が急増しているという)。

 これらのことを踏まえて、学内の全構成員を対象にパンフレットを作成することを提案したい。アカデミックハラスメントが人権蹂躙であること、ハラスメントに苦しんだ時に窓口があること、などの内容を、少なくとも日本語と英語の2カ国語で記載したい。

2.相談窓口の設置

 セクシュアルハラスメントに関しては、本学でも規程が設けられ、防止対策委員会、苦情相談対策委員会、調査委員会、相談員の各組織が整備されている。十分な研修を受けた担当者が適切なマニュアルの下、対応にあたっているという。しかしながら、性的な要素を含まないものに関しては現在本学では特に対策がなく、各担任や所属の長などの対応に任されている。筑波大学は遠隔地から単身で学生寮や宿舎に入って通勤・通学する者も多く、つくば市の規模もさほど大きくない。ある意味で、「陸の孤島」的要素も否めない。そのような環境であるからこそ、ハラスメントを受けた時の窓口が開かれていることが重要である。まずは所属教官、職員から適任者を選んでの窓口の新設が急務である。機関の構成については、セクシュアルハラスメント防止対策委員会と同様に、それぞれ独立した窓口、調査、対策等の組織が必要である。また相談機関の構成員はできる限りヘテロであることが望ましく、精神科医、カウンセラー、弁護士等の学外の専門家をも含めたい。アカデミックハラスメントの多くは、教員による学生もしくは下の立場の者へのハラスメントである。このとき相談機関構成員の大半が加害者と同じ立場の教員であるという状況は、被害者にとって相談しづらいばかりか、「加害者への情報遺漏などを恐れて相談できない」「立場が下の者の発言は信用してもらえない」などの不安をもたらし、場合によっては教員中心の組織であること自体が相談機関に対する不信となり、二次被害をももたらす危険性がある。相談の場の選択肢を広げるために学外のカウンセラーなど第三者的メンバーを相談機関構成員に含めることは、構成員自身にとっても定期的に学外の専門家と意見交換できることになり、機関の機能向上にも有益である。さらに、全く学外の組織に委ねるという選択肢も用意されるべきである。若手教官に対する昇任妨害などのケースでは、相談機関(同僚)に相談内容が知れること自体が相談者の研究社会での不利益につながることもある。アカデミックハラスメントへの対応が全国的に遅れている中で適当な外部機関を探し出すことは難しいが、文末に記した「キャンパス・セクシュアル・ハラスメント全国ネットワーク」等のグループや、民間の相談施設でもこのような問題を扱うところがあれば協力を依頼し、学内の相談窓口と同列に学外窓口として紹介したい。

3.相談窓口(いわゆる駆け込み寺)の存在を知らせる

 2.の環境を整え、まずはこのような「駆け込み寺」の存在を全構成員に知らせることである。1.と同様になるべく多く(理想的には全て)の構成員に認知してもらうために日本語英語併記で。相談窓口を広報することは実際にハラスメントを受けた際の具体的な支援策であるのみならず、将来ハラスメントを受けるかもしれない全ての人々に対する精神的サポートである。また、潜在的加害者に対する防止策でもある。継続的な印刷物の配布と同時に、誰もがアクセスしやすい場所にオンライン情報を掲載することも重要だ。セクシュアルハラスメント相談員と同様、アカデミックハラスメント相談員も随時適切な研修を行う必要がある。さらに、研修の内容や学内外の相談員の氏名を常時公開し、相談窓口の信頼性を確保する必要がある。さもなくば仮に相談員が名前だけの委員であったとしてもそれを発見する手段も、改める手段もないからである。

 アカデミックハラスメントは「非常に卑劣な弱い者いじめ」である。加害者側には罪の意識さえないことが多々ある反面、被害者に与える打撃は精神的にも社会的にも相当なものである。このことを踏まえ、相談を受ける側は徹底的に被害者の立場に立って臨む姿勢が必要であり、そのような窓口の設営が早急に望まれる。

<参考> 大学としてのとりくみ例

 参考として、国内で比較的セクシュアルハラスメント、アカデミックハラスメントへの対応が進んでいる名古屋大学の例を紹介したい。名古屋大学では学生に対するサービス機能の充実を図るため、平成13年に「学生相談総合センター」(http://www.htc.nagoya-u.ac.jp/gakuso/gs.html)を設置し、修学、進学及び就職問題に関する学生の悩みに応えている。このセンターは研究科とは独立の組織であり、これは学生のプライバシーの確保のために重要である。センター内の学生相談部門では臨床心理学の専門家が、学業・進路・将来・対人関係などの学生生活上の悩みや課題についての相談およびカウンセリングを行い、学生自身で問題解決の糸口を見つけるための援助を行っている。また、平成14年度には「セクシャル・ハラスメント相談所」が学内措置として設けられた。ここには専門相談員が常駐している。防止・対策委員会も従来のものを改組し、機動的な決定や措置を行えるようにした。さらに平成15年度には男女共同参画を積極的に具現化するため、学内措置により「男女共同参画室」を設置、多方面からの政策をすすめている。

参考文献
  1. 「キャンパス・セクシュアル・ハラスメント対応ガイド―あなたにできること、あなたがすべきこと」 沼崎一郎 著 嵯峨野書院
  2. 「キャンパス性差別事情―ストップ・ザ・アカハラ」 上野千鶴子編 三省堂
参考URL
<学内URL>
筑波大学セクシュアル・ハラスメントの防止等に関する規程
http://www.tsukuba.ac.jp/zimukyoku/bousi.html
セクシュアルハラスメントのない快適なキャンパスにするために
筑波大学セクシュアル・ハラスメント筑波地区担当相談員連絡先一覧
http://www.tsukuba.ac.jp/zimukyoku/sexual/sexual.html

<キャンパス・セクシュアル・ハラスメント相談窓口>
キャンパス・セクシュアル・ハラスメント全国ネットワーク (お茶の水大・戒能民江氏ほか)
http://www.jca.apc.org/shoc/
NPOアカデミック・ハラスメントをなくす全国ネットワーク(奈良先端大・若山信子氏ほか)
http://www.naah.jp/
キャンパスのセクシュアル・ハラスメントを考える(福島大・塩谷 弘康氏、高橋 準氏)
http://myriel.ads.fukushima-u.ac.jp/%7Eshocweb/
学生、この弱き立場-キャンパス・ハラスメント
http://www.pluto.dti.ne.jp/~mic-a/student/index.html

<先進的に取り組んでいる大学>
名古屋大学
http://www.nagoya-u.ac.jp/
NSNW名古屋大学でセクシュアル・ハラスメントを考えるネットワーク
http://www2.jimu.nagoya-u.ac.jp/circle/sonota/nsnw/
早稲田大学
http://www.waseda.ac.jp/
早稲田大学セクシュアルハラスメント情報委員会
http://www.waseda.ac.jp/shj/index.html

<相談員のために>
セクシュアル・ハラスメントと戦うために(相談員おたすけページ)(慶応大・加藤万里子氏)
http://sunrise.hc.keio.ac.jp:8080/~mariko/harass.html
Communicated by Osamu Numata, Received September 30, 2003.

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