つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3: TJB200403TKU.

特集:卒業・退官

周遊生活 ― 東京、つくば、下田

藏本 武照 (筑波大学 生物科学系)

 東京教育大学の大学院を終えて1970年からずっと、国立大学で学究生活を続け、今年34年めで定年となりました。途中、筑波大学への移転、下田臨海実験センターへの転勤、外遊生活などがあり、色々苦しいこともありましたが、省みれば、多様な経験は視野を広め、面白いことであったと思えます。

 私は旅が好きで、広島県瀬戸内の小さな町から東京にやってきたのも、霞の大地である筑波への転勤も、また、下田の海岸生活も、この放浪癖がもとで、進んで向かったように思えます。行ってみたい所があれば、その機会を作るべく研究して学会に出かけました。ポスドク時代(1975年頃)、テキサス大学海洋医学研究所で優雅な研究生活をしたのですが、このアメリカの人工的に優れた研究基盤でやる研究者との競争で、同じような方向でやっては勝ち目がないと思いました。流行に抗して独自の道、すなわち、自然をみつめて地道にやれば、何とか、対等にやれるかも知れないと考えた訳です。幸い、この考えは当たり、国際比較生理生化学会議(1988年)に招待される結果になりました。以前よりロッキー山脈に行きたいと願っていたのですが、そのシポジウムの主催者の一人がカルガリー大学生物学部の教授でした。早速、彼と同僚らの好意をえて、雄大な自然を存分に楽しみました。私だけが楽しんだだけでなく、これが契機で、日本比較生理生化会と米英カナダの同学会の研究交流が深まり、下田で国際会議が開催できましたし、国内関係者と共に、国際貢献ができたと自負しています。その後も、面白い研究ができて幸いでした。


左:ルイジアナ州立大学(米国), 第2回国際比較生理生化学会議の開催校.
右上:カナデアンロッキー山脈と最も神秘的で美しいペイトー湖.
右下:カルガリー大学正門. ロッキー山麓にあり, 1987年の国際会議の後に初めて訪問した. これが契機で研究交流が始まり, 第5回国際比較生理生化学会議が開催された時は, 日本からの参加者は百名を超えた.


左上:カルガリーでの研究交流. 
右上:J. L. Wilkensの実験室.研究課題はカニの心臓・循環系の生理.
下:下田での研究交流. 研究課題はエビの心臓・循環系の生理であるが, タカアシガニやキンメダイの心臓や骨格筋も賞味した.
下左:W. Buggren (デンバー大学教授)とB. McMahon(カルガリー大学教授,第5回比較生理生化学会議長).


下田市民会館で開催した国際会議「心臓-循環系の調節機序の系統的発達」の会場風景.
上段:参加者全員の記念写真. 下段:欧米,カナダなど諸外国から参集した研究者達のポスター展示と講演会の様子.心臓の調節機構について盛んな研究討議がなされた.

下田センターで実施した主な研究

  1. イセエビを用いて、自由行動中の体内の心拍と血圧の同時記録に成功し、様々な行動中の循環調節の実態が解った。面白いことに、安静時には心拍が周期的に止まること、また、脱皮中の心拍と体性運動の同時記録にも成功し、脱皮中には10分間ほど心拍を止まることが判明した。
  2. イセエビやロブスターを用いて、心臓-動脈弁の収縮と弛緩性を発見したが、この弁には横紋筋があり、その緊張状態が神経により制御されているだけでなく、神経ホルモンによっても制御されていた。数カ所にある弁の緊張の違いが、心臓から末梢への血流の配分に関わっていることが明らかとなった。
  3. エビの囲心腔分泌器官が体温降下に伴って活動を開始することを発見し、その分泌ホルモンの作用で心臓神経節や心筋、さらに、腹部緊張筋を活性化する生理学的機序が解明できた。
  4. 中枢内の冷応答ニューロンに関して、その分布と生理機能の系統的発達の観点から、甲殻類、剣尾類、多毛類を用いて研究した。とくに、そのホルモン分泌機能との関連が示せた点は興味深かった。
  5. 心筋や腹部緊張筋に対し、セロトニンは膜の興奮度や呼吸速度を著明に増強することが発見できた。
  6. イセエビの心筋で見つけた現象で、Caスパイク電位の振幅が温度降下に依存して増大し、体温降下時での筋収縮に寄与しており、このスパイク電位の発現にペプチドホルモンが関与していた。
  7. アメリカカブトガニで、中枢内のほぼ全域に光感受性があることを発見し、その光感受性ニューロンを介して、環境の明暗変化が呼吸系、循環系や腸の生理機能に影響を及ぼす体制にあることが判明した。
  8. イセエビの心臓を用い、心臓神経節細胞の機械刺激受容過程に細胞の膨圧を阻害するガトミ二ウムイオンが効くことが判明し、心臓の膨らみに応じて心拍数が変わる機序を解明する手がかりが得られた。

 本学の発足時、新時代に活路をもとめ、筑波にやって来たわけですが、30年が過ぎて、また振り出しから出直すような事態になりました。次世代の方々に「頑張って下さい」と云って去ることになります。

Contributed by Taketeru Kuramoto, Received March 24, 2004.

©2004 筑波大学生物学類