胚乳
Albumen

胚乳 (albumen*) とは胚発生における栄養を貯蔵した種子内の組織である。植物種によって起源の異なるさまざまな組織が胚乳とよばれる。裸子植物では、受精前にできた雌性配偶体 (単相) がそのまま発達して胚乳になる。一方、被子植物では胚嚢中にある中央細胞 (ふつう2個の核をもつ) が受精して胚乳へと発達する。このように起源に違いがあるため、前者を一次胚乳 (primary albumen)、後者を二次胚乳 (secondary albumen) とよんで区別する。またこのような起源の違いがあるため、近年では裸子植物の栄養貯蔵組織は胚乳とは呼ばない傾向がある。一次胚乳、二次胚乳とも雌性配偶体内にあるため、内胚乳 (内乳 endosperm) とよばれる。内胚乳は穀物 (コメ、コムギなど) やトウモロコシ (イネ科)、ココヤシ (ヤシ科) の可食部である。さらにスイレン科やコショウ科、ナデシコ科では雌性配偶体外の組織 (珠心など) に由来する胚乳をもっており、この胚乳は外胚乳 (外乳、周乳 perisperm) とよばれる。

* 本来は、栄養貯蔵物質としては albumen、組織としては xenophyte の語があるが、後者はあまり使われない。

被子植物の内胚乳発生

被子植物の重複受精において、極核と精核が合体した核は一次胚乳核 () という (裸子植物の一次胚乳とは対応していない語なので注意!) 。一次胚乳核はふつう3相 (2個の極核+1個の精核) であるが、胚乳のタイプによって極核の数が異なるため、複相のもの (スイレン型、アカバナ型など) から9相のもの (サダソウ型) まである。またネジバナ (ラン科) では重複受精を行わないため (精細胞が1個しか形成されない) 、一次胚乳核は2個の極核だけに由来する複相である。

一次胚乳核の形成に続いて、中央細胞は活性化し、多量のタンパク質合成が始まる。その後の内胚乳形成には多様性が見られ、以下の3型に大別される。

遊離核型内乳 (nuclear endosperm)
一次胚乳核の分裂とそれに続く核分裂は遊離核分裂であり、細胞質分裂が伴っていない。そのため多核の中央細胞が形成される。数千個の核を含む中央細胞は、その後、ふつう求心的に細胞壁が形成されて造壁型胚乳になる。造壁化の程度はさまざまであり、ふつうは完全な造壁型になるが、胚の周辺部のみや胚嚢の上部のみが造壁化することもある。また多核状態のまま胚に消費されてしまう種もある。ココヤシ (ヤシ科) は典型的な遊離核型胚乳をもち、果実が長さ50 mm 程度のときには多数の核が浮遊する液で満たされており、長さ100 mm ほどになると周縁部に不定数の核を含んだ細胞が定着し始め、さらにそれが細胞分裂して細胞数が増加する。成熟したココヤシの種子において、周縁部のココヤシ肉が造壁化した胚嚢であり、内部のココナッツミルクは核や細胞を含まない残渣である。
造壁型内乳 (cellular endosperm)
一次胚乳核の分裂やそれに続く核分裂には細胞質分裂、細胞壁形成が伴うため、多核状態にはならない。 ヤドリギ科では胚珠が珠皮を欠いているため、子房内では複数の胚嚢が密接して存在している。その胚乳発生は基本的に造壁型だが特異であり、胚発生の間に子房内に存在する全ての胚乳は集合して単一の胚乳として成長する。このタイプの胚乳は特に混在型胚乳とよばれる。
沼生目型内乳 (helobial endosperm)
一次胚乳核は合点側に移動し、珠孔側の大室と合点側の小室に分裂する。珠孔側の大室はふつう遊離核型の胚乳を形成し、合点側の小室では、ふつう核は分裂しないか数回程度の遊離核分裂しかしないが、Phylidrum lanuginosum (タヌキアヤメ科) では造壁型の胚乳を形成する。
図1.

胚乳吸器

ヤマモガシ科、ウリ科、マメ科では、遊離核型胚乳における胚乳吸器が報告されている。 Grevillea (ヤマモガシ科) や Crotalaria (マメ科) では合点側が遊離核状態のまま伸長して吸器になるが、ウリ科では多核の室に仕切られた胚乳吸器になる。Lomatia (ヤマモガシ科) では遊離核状態の合点側胚乳吸器に加えて、胚乳全体から単細胞性の突起が多数生じて吸器的役割を果たす。またScleria foliosa (カヤツリグサ科) では、合点側に加えて珠孔側にも胚乳吸器が存在する。

造壁型胚乳では胚乳吸器がふつうに見られ、その形態的多様性も大きい。珠孔側の胚乳吸器はImpatiens roylei や Hydrocera triflora (ツリフネソウ科) に見られる。Magnolia obovata (モクレン科) では、合点側の2〜3細胞からなる突起が長く伸びて吸器になり、2細胞型合点吸器とよばれる。

Iodina rhombifolia (ビャクダン科) では、受精前に中央細胞の合点端が伸長して胎座に侵入し分枝する (胚嚢吸器)。受精すると中央細胞は珠孔側と合点側に分裂し、珠孔側の細胞は造壁型胚乳を形成するが、吸器を含む合点側細胞は単細胞状態でさらに吸器を発達させる。キツネノマゴ科では、珠孔吸器と合点吸器を両方とも併せもっている。これらの吸器は胚乳形成の最初期の段階で胚乳本体を形成する細胞とは切り離され、本体が基本的に造壁型胚乳を形成するのに対し、珠孔側、合点側の細胞は吸器へと成長する。

胚乳吸器の細胞は、ふつう細胞壁が内側に突出した転送細胞となっており、胚乳への栄養供給に役立っていると思われる。

図1.

胚乳細胞

胚乳細胞は、最初はふつう3倍体であるが、胚嚢型によっては2倍体のものや9倍体のものがある。さらに胚乳細胞は発達過程において、核内分裂や核融合によって高度の倍数性を示すことが知られており、Thesium alpinum (ビャクダン科) では384n、Melampyrum pratense (ハマウツボ科) では1536n、Arum maculatum (サトイモ科) では1536n という値が報告されている。Dendrophthoe falcata (ヤドリギ科) は例外的であり、完成した胚乳でも全ての細胞が3倍体である。また胚乳では、有糸分裂において染色体橋、遅滞染色体、染色体の切断。核の断片化などさまざまな不規則性が普遍的に起こる。核の大きさや仁の数も非常に多様である。胚乳細胞の色素体はふつう白色体であるが、Crinum (ヒガンバナ科)、MatthiolaRaphanus (アブラナ科)、Viscum (ヤドリギ科) などでは胚乳に光が当たるため葉緑体になっている。

図1.

糊粉層

イネ科の胚乳における表層の1〜数層は高度に特殊化した細胞層であり、糊粉層 (アリューロン層 aleurone) とよばれる。糊粉層の細胞は成熟した胚乳でも生細胞であり、活性を示す。糊粉層細胞は肥厚した細胞壁を有し、大きな液胞をもたない。糊粉層細胞に特異的なオルガネラとして糊粉粒 (aleuron grain) がある。糊粉粒は特殊なタンパク質小体 (protein body) であり、タンパク質、フィチン、リン脂質、炭水化物を含む。ジベレリンが糊粉層に作用すると加水分解酵素 (アミラーゼやプロテアーゼ) が発現し、胚乳細胞内に含まれるデンプンやタンパク質といった養分が分解される。

図1.