根圏
Rhizosphere

植物体においてはふつう地中にあるため、など地上のシュート系に較べると、細菌や菌類など微生物と関わることが多い。特に根の周囲には根を通じて植物体からさまざまな物質が供給されるため、それ以外の土壌よりも多くの微生物が生育している。このように根の周囲で微生物活性が高い領域を根圏 (rhizosphere) という。根圏に生育する微生物は、ときに根を通じて植物と密接に関わっており、病原菌として植物の生育を妨げることもあるし、栄養塩の摂取などを通じて植物に利益を与えるものもある。

根から供給される物質

根はさまざまな物質を周囲の土壌に供給している。その量は乾燥生産量の18〜25%に達し、耕地では0.2〜1.6 t/ha/年 になる。根から土壌へ供給される物質には以下のようなものがある。これらの物質によって豊かな根圏微生物相が可能になっている。

二酸化炭素・酸素
根の細胞は呼吸しており、二酸化炭素が土壌へ排出される。また根の細胞の呼吸に必要な酸素は、通気組織などを通して地上の植物体から供給されており、根圏微生物にも利用可能である。
根冠・根毛・細胞
根の先端には根冠 (root cap) とよばれる細胞層があり、根端分裂組織を保護している。根が伸長するにつれて根冠細胞は外側からはがれ落ち、根端分裂組織から新しい細胞が補給される。つまり根冠の細胞は次々と新生されており、形成されてからはがれ落ちるまで数日程度である。またふつう根の表皮からは、根毛 (root hair) とよばれる直径10 µm ほどの糸状突起が多数生じている。根毛は根を地中につなぎ止めるとともに水や無機塩類の吸収に働いていると思われる。根毛は根の伸長域で形成され、ふつう根の伸長に伴って順次枯死・脱落していく。根毛の寿命はふつう数日から数週間である。さらに根の伸長に伴ってその表皮や根の部分も脱落する。ラッカセイ (マメ科) の根の細胞壁を鉄結合型リン酸と混合するとリン酸を可溶化して利用可能な形になる。これは細胞壁に存在するフェノール化合物が鉄を吸着するために起こると考えられている。
粘液質 (ムシラーゲ mucilage)
根冠や根端近くの表皮細胞では、デンプンから生成された粘液質をゴルジ体経由で多量に分泌している。粘液質はガラクツロン酸重合体を主成分とし、ラムノ−スやフコースなどが含まれる酸性多糖である。粘液質の存在によって土壌粒子との摩擦が減少して根端が保護され、根を伸長しやすくしている。実際に硬い土壌では粘液質の分泌量が増加する。乾燥した土壌では、粘液質と土壌の混合物によって根の周りに鞘が形成され、根の保水力を高めている。さらに粘液質には、アルミニウムのような有害な陽イオンを吸着したり、亜鉛のような微量必須元素を濃縮する働きがあるのかもしれない。粘液質の存在は、根圏微生物に好適な生育環境を与えている。
タンパク質 (protein)
細胞壁は静的な存在ではなく、さまざまな代謝が起こっており、そのため根圏には植物からさまざまなタンパク質 (酵素) が分泌されている。 根圏は非根圏にくらべてフォスファターゼ活性が高いが、これは植物から分泌されるためである。フォスファターゼは植物から分泌され、有機物にエステル結合したリン酸を加水分解して利用可能なリン酸量を増やす。またコムギ (イネ科) ではアルミニウム結合能を持ったタンパク質の土壌への分泌が知られており、アルミニウムイオンによる阻害を緩和しているのかも知れない。さらに細胞壁へはさまざまなタンパク質 (エンド-1,4-β-D-グルカナーゼのような細胞壁改変酵素、パーオキシダーゼ、エクスパンシン) が分泌されており、これらも根圏微生物の活動に関与しているのかも知れない。
揮発性低分子物質
根から またネギ (ネギ科) は揮発性イオウ化合物であるアルキルシステインスルフォキシドを生成するが、これが病原性菌類である Sclerotium cepivorum の菌核の発芽を誘導することが知られている。

根圏のいろいろ

このような有機物の供給の結果、根の周囲には根圏 (rhizosphere) とよばれる特殊な環境が形成されている。根圏ではさまざまな微生物の増殖が促進され、周囲の土壌とは異なる環境になっている。好気性微生物の量を比較してみると、根圏土壌の方が非根圏土壌にくらべて 4.1 (コムギ) 〜 24.2 (アカツメクサ) 倍も多いと報告されている。根圏とはもともと根の表面から周囲数mmの範囲を指していたが、意味が拡張されて根の中も含めることがある。この広い意味での根圏は、以下のように分けることができる。

内根圏 (endorhizosphere)
根の表皮や皮層の細胞間隙など根の内部環境。
根面 (rhizoplane)
根の表面。
外根圏 (exorhizosphere)
微生物の活性が高い根の周囲の土壌領域。

根圏微生物

根圏には植物病原菌や植物の成長を促進する微生物、その他の微生物が複雑に絡み合い、植物の生育に大きな影響を与えている。

根圏に生育する細菌や菌類の中には、植物の生育を促進するものがあり、それぞれ植物生育促進根圏細菌 (plant growth-promoting rhizobacteria, PGPR) 、植物生育促進菌類 (plant growth-promoting fungi, PGPF) とよばれる。代表的なPGPRとPGPFには表1にあげたようなものが知られる。PGPRやPGPFは根への定着能が高く、その存在によって植物の生育が良化する。例えば、ジャガイモ (ナス科) は、PGPRであるPseudomonasの存在によって、収量が18〜37%増加することが報告されている。

PGPRやPGPFによる植物生育促進の原因としては、主に以下の3つが考えられている。

有害微生物の抑制
根圏では病原性微生物も含めて多様な微生物が生活しており、これら微生物は栄養分などを巡って競争している。そのため、ある微生物が増殖することで有害微生物の増殖が抑制されることがある。例えばPGPRのPseudomonas (γ-プロテオバクテリア) はシデロフォアを生成して鉄利用能に優れるため、鉄が不足する条件下では有利であり、病原性微生物の増殖が抑えられる。またPGPRの中には抗菌性物質を生成するものがあり (表2)、これによって病原性微生物の生育が抑制される。PGPFによる有害微生物に対する拮抗作用としては寄生、競合、溶菌などが知られる。例えば Trichoderma harzianum (子嚢菌) はキチナーゼなどによって Scleotium rolfsii (白絹病菌) や Rhizoctonia solani の細胞壁を溶解、菌糸を崩壊させて死滅させる。 このように直接的に有害微生物の増殖を抑えるほかにも、PGPRやPGPFが植物体の病害抵抗性を誘導することで病害を抑制することがあるらしい。この場合、土壌病害だけではなく、地上部の病害も抑制される。しかし有害微生物の抑制は1対1の組み合わせのみによって誘導されるとは限らず、数種の微生物の組み合わせが有害微生物の抑制に有効な例も知られている。
土壌有機物の分解
根圏微生物は土壌中の有機物を分解し、植物が吸収しやすい形態に変換する。例えばPhomaFusariumなどのPGPFは、土壌中のアンモニウム態窒素量を著しく高めることが知られているが、これはPGPFが土壌中の有機物を分解してアンモニウム態窒素を生成しているためだと思われる。
植物ホルモンの生成
ある種のPGPRやPGPFはインドール酢酸、アブシジン酸、ジベレリンなどの植物ホルモンを生成することが知られている。ただし微生物が生成した植物ホルモンが植物体の成長にどの程度関与しているのかは明らかではない。

PGPR γ-プロテオバクテリア Pseudomonas fluorescens
Pseudomonas putida
Enterobacter clocae
Serratia fonticola
Serratia liquefacience
Serratia marcescens
バチルス類 Bacillus subtilis
Bacillus polymyxa
PGPF 接合菌門 Rhizopus
担子菌門 Rhizoctonia solani
子嚢菌門 Trichoderma harzianum
Phoma
Fusarium Penicillium
表1. 代表的なPGPRとPGPF
抗菌性物質 生物
ピロールニトリン (pyrrolnitrin)
ピロールテオリン (pyrroluteorin)
Pseudomonas fluorescens
トロポロン (tropolone)
Pseudomonas
ブルビフォルミン (bulbiformin) Bacillus subtilis
表2. PGPRの生成する抗菌性物質