研究内容RESEARCH FIELDS
ミトコンドリアとは?
ミトコンドリアは、食物から得た栄養を皆さんが運動したり、物事を考えたり、無意識のうちに心臓が動いたりするために使われる生体エネルギー分子、ATPに変換する細胞内のエネルギー工場です。
ミトコンドリアには、細胞核に含まれる遺伝情報DNAとは別に、独自のDNAが含まれていて、これをミトコンドリアDNA(mtDNA)と呼びます。mtDNAにはATPを合成するために必要な遺伝子がコードされていて、それらの遺伝子に突然変異が蓄積すると、細胞内のエネルギー合成がうまくいかなくなり、からだの様々な部分に大きな影響を及ぼします。こうして現れる多様な症状を「ミトコンドリア病」と総称していますが、その発症メカニズムはよくわかっておらず、有効な治療法も確立されていません。
また、ミトコンドリアはATP合成以外にも細胞のアポトーシスやカルシウムイオンの貯蔵、ステロイド合成、ヘム合成など多くの重要な機能を担っており、mtDNAの突然変異はミトコンドリア病以外にも様々な影響を及ぼし得る可能性がありますが、その詳細もよくわかっていません。
このように、ミトコンドリアは生体内で極めて重要な役割を担っているにもかかわらず、いまだに多くの謎に満ちた細胞小器官なのです。
ミトコンドリア病モデルマウス(Mito-mouse)
現在、核のDNAについてはゲノム編集技術が非常に発展していて、以前よりもかなり簡単に目的の遺伝子を欠失させたり、突然変異を挿入したりすることが可能になりました。しかし、mtDNAはそうしたゲノム編集技術が通用しないため、どのような突然変異によって病気が起こるかは判っていても、その突然変異をマウスに導入して疾患の発症メカニズムを解明することは非常に困難です。
私たちの研究室では、人為的に突然変異を挿入するのではなく、もともとマウスの培養細胞に含まれていたごく微量の天然の突然変異を濃縮するというアプローチによって、世界で初めてのmtDNA変異モデルマウスである、Mito-mouseを樹立することに成功しました。 このマウスを用いて、ミトコンドリア病の発症プロセスの一端を解明するための研究を進めています。
ミトコンドリア・ダイナミクス
右の写真は、培養細胞中のミトコンドリアを緑色に染色して顕微鏡で観察したものです。細胞質一杯に、網のようなネットワークを形成していることがわかります。ミトコンドリアは、このようにネットワークを作っているだけではなく、細胞内で独自に融合・分裂を繰り返しながら細胞質中を動く、ダイナミックなオルガネラです。この融合や分裂のバランスが保てなくなると、ミトコンドリアの機能にも様々な影響が出ることがわかってきています。
私たちの研究室では、ミトコンドリア・ダイナミクスの異常とそれによるミトコンドリア機能や生体機能への影響も評価しています。
ミトコンドリアと老化?
あらゆる生き物にとって「老化」は宿命ですが、mtDNAへの突然変異の蓄積が、老化の一因であると言われています。mtDNAへの突然変異の蓄積によってミトコンドリアの呼吸機能が低下し、それが原因となって活性酸素種(ROS)の産生が増加し、これによってさらにmtDNAに変異が入りやすくなる、という悪循環が老化を引き起こしている、という考えです(老化ミトコンドリア原因説)。
mtDNAの複製は、核DNAにコードされたDNAポリメラーゼγ(PolG)というタンパク質が担っていますが、このPolGの校正機能(複製時に誤った塩基を重合させた場合に、それを除去して正しい塩基を重合し直す機能)を破壊することによって、mtDNAにランダムな突然変異が蓄積していくマウス(Mutator mice)が海外の研究グループによって作製されました。このマウスが早老症とよく似た表現型を呈したことから、このマウスは「老化モデルマウス」として発表され、老化ミトコンドリア原因説を立証するものだと考えられています。
しかし、Mutator miceのmtDNAに蓄積する突然変異の数は、マウスはもちろん、ヒトの一生(80年間くらい)をかけてmtDNAに自然に蓄積していく突然変異の数よりもはるかに多く、このマウスが本当に「老化」のモデルと言えるのかまだ疑問の余地も残っています。
また、Mutator miceの系統には、校正機能が正常な+/+, 校正機能破壊がヘテロで入っている+/mut, ホモで校正機能破壊されているmut/mutの3つの遺伝型が産まれてきます。現状、mut/mutの老化様表現型ばかりが注目され、+/+や+/mutについてはほとんど詳細な研究がされていません。しかし、+/mutは理論上mut/mutの半分の頻度でmtDNAに突然変異が入っているはずですし、+/+も母性遺伝によって通常の野生型マウスよりは高い頻度でmtDNAに突然変異を含んでいるはずです。
私たちは、あまり注目されていないMutator miceの+/mutや+/+の解析を通じて、mtDNAの突然変異と老化やその他の機能異常との因果関係を検証していきたいと考えています。