つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2: 30.

卵生の魚竜類と想像力

牧岡 俊樹 (元 筑波大学 生物科学系)

 中生代の海にいた魚竜類は、マグロなど高速遊泳性の魚によく似た魚形の爬虫類である。多数の化石があり、中には出産中と思われる保存のよい化石もあって、魚竜類は胎生または卵胎生であったと考えられている。そのようなことを説明した上で、それでは卵生の魚竜類はいたと思うかどうか、理由を挙げて述べよ、という試験問題を出 した。

 これは何年も前の「動物系統分類学 I 」でのことである。この授業は1、2学期各10時間で、1学期には無脊椎動物のすべての門を、2学期には脊椎動物のすべての綱をとりあげ、それらの分類学的特徴と系統学的類縁を概説した。動物分類学の概要は1年次の概論で一応やってあるので、この専門科目では分類学よりも系統学に比重を置いて、動物界の進化の歴史を概観したのである。

 門や綱のような分類群の構成つまり分類学の部分には、講義内容に精粗深浅の差はあり得ても解釈の差は少ないが、進化の流れすなわち系統学の部分には、学説によって基本的な解釈の差がある。進化の流れは歴史であり、過去は再現できないので、歴史の記述には常に異なる解釈がともなう。動物の系統にも多様な解釈があり、それらを対等にただ紹介するのはあまり意味がないので、講義する者の解釈を中心に、他のいくつかの解釈と比較しながら解説することになる。その意味で、系統学は1人の講師が全体を担当する方が一貫した講義ができる。私も非力ながら全体を1人で担当することができ、その時点で自分が最も妥当と思う解釈を遠慮なく提示できたことをまことに幸いに思い、そのような巡り合わせに感謝している。

 上の問題はすでに絶滅した魚竜類の生殖様式を推測する問題で、解答のための前提としてここで与えられている知識は、魚竜類が海産の魚形の爬虫類であることと胎生または卵胎生と考えられていることである。ここでは与えられていないが必要な知識は、爬虫類は羊膜卵を産むことと、羊膜卵は陸上(空気中)での産卵に適した卵で水中での産卵には適していないことであり、これは授業中に述べてある。期待した解答は、たとえば「爬虫類の卵は羊膜卵であり、陸上での乾燥に耐える構造をしているが、水中に産まれれば酸素の不足のために死んでしまうだろう。ゆえにウミガメ類は苦労して砂浜に上がって産卵する。しかし魚竜類は魚形であり、ウミガメ類のように上陸して産卵することはできなかったと考えられる。したがって卵生の魚竜類はいなかっただろう。」というもので、これで十分にA評価である。生物学類2・3年次生諸君の多くはA評価相当の答案を提出したが、中にはさらに踏み込んで、「・・・しかし,流れ藻などを集めて浮遊性のマットを作り、その上に産卵するような卵生の魚竜類はいたかもしれない。」という答案があって、これはさらにすぐれた考察である。流れ藻のマット上の卵を空中から狙う翼竜類と水中からそれを防ごうとする魚竜類との争いの画をどこかで見たことがあるような気がしてきたほど、その想像力のリアルな成果にしばらく感心した覚えがある。

 想像力は最も高度な知的能力であると思われ、これによって未知の世界を類推し、また未来を予見することもできる。イヌやネコやカラスなどにも想像力のあることが知られているが、やはり人の想像力は抜群で、これこそが人類の文明を作り上げ、また明日の勝ち馬予想に血まなこになる原動力であるのだろう。しかし想像力の基盤になるのは、予知能力や千里眼といった特殊な超能力ではなく、ごく普通の記憶力とそれをさまざまにつなぎ合わせる連想力であると思われる。

 私の試験問題はすべて論述式つまり自由にお書きなさいという形式なので、想像力を働かせる余地が多分にあったと思う。私としてはそれを期待していたのだが、あまり授業に出ていなかったらしい5年次や6年次の人の答案の中に、適切な用語が書けずに一般的な語で代用し、話の筋道だけはよく書けているものが時々あって、これも想像力の1つの成果だったのだろうと思う。おもしろいことに、2、3年次の人の答案には想像力よりも記憶力に頼る傾向があり、正規履修年次を越えた人の答案には想像力の占める部分が大きいように思われた。私はこれを成長の証ととらえ、上の学年になると多くの分野を学んで視野が広くなり、想像力の働く余地も広がるのだろうと思っていたが、あるいは単に授業に出ていないために想像力に頼るしかなかったのかもしれない。そう思うと少し悲しいが、たぶん両方あったのだろうと思っておきたい。

Contributed by Toshiki Makioka, Received January 13, 2003.

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