つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2: 152-153.

連続特集:菅平高原実験センター

菅平とつくばと私

岡田 元 (理化学研究所 微生物系統保存施設)

 生物学類に入学してから、早いものでもう四半世紀も経ってしまった。9年間過ごした“つくば”(当時は桜村と言った)や頻繁に訪れた菅平での修行の日々はすでに懐かし想い出となったが、その間に得た体験や知識は自分の“ものさし”の一つになっている。私は菌類(カビ・酵母・キノコの仲間)の研究室に6年間在籍し、分類や生態について学ぶことができたが、そのきっかけとなった場所が菅平である。それは、私が大学3年生の夏に菅平高原実験センターで行われた「菌類実習」において、椿啓介先生(現、名誉教授)・徳増征二先生(現、教授)らにご指導いただいたことに起因する。きちんと調整された光学顕微鏡で見るカビの美しさに先ず魅せられ、さらに、菌学研究室(生物科学系)(図1)や関係する植物系統分類学研究室(生物科学系)・植物病理学研究室(農林学系)などの皆さんの人柄に惹かれ、私は菌学 (Mycology) を勉強することになった。菅平で初めて味わった感動を大切にし、さらに菌類の巧みさや不思議さにも魅せられて、菌株保存[1]の仕事に携わってもう20年以上も菌類とつき合っている。筑波大学菅平高原実験センターの山岳実験所としての特徴やすばらしさは、センターのホームページ[2]や町田龍一郎さん(現、助教授; 当時、大学院生)の解説記事[3]などに詳しく書かれているので割愛し、本稿では菅平やつくばでの想い出を懐かしい写真を添えて簡単に紹介したい。

図1. 菌学研究室のメンバー (前列中央が椿啓介先生; 1983年冬、B2グループ忘年会にて)

 菅平との第2のつながりは、大学院修士の時にセンターから車と徒歩で30分ほどの場所に調査地を設定したことに関係する(図2)。雪で調査地が覆われてしまう冬場を除き、1年半にわたって毎月1回、菅平を訪れた。サンプル回収と実験室での処理を主目的にセンターに2−3日滞在するわけだが、その忙しい合間をぬって徳増先生や昆虫発生学の安藤裕先生(現、名誉教授)・植物生態学の林一六先生(前センター長)の研究室の皆さん(図3)とよくお酒を酌み交わした。徳増先生が差し入れてくれる馬刺があれば最高で、信州のお酒の力を借りて研究や将来の夢などについて熱く語り合った(ような気がする)。その後、私の研究テーマが分類学へとシフトしてからは菅平を訪れる頻度は減ったが、それでも時々お邪魔しては大明神滝や角間温泉あたりで、真田十勇士ばりに研究材料の採集に飛び回った。結局、植物系統分類学・植物病理学・動物系統分類学などの研究室の先生・先輩・後輩方にお世話になりながら、充実した学生生活を送ることができた。学会・研究発表会・セミナー・輪読会などのいくつもの高いハードルを失敗しながらも何とか越えられたのは、自分の若さや体力だけでなく皆さんの協力のおかげであったことは言うまでもない。

図2. 真田町大洞より雪のかぶった根子岳と四阿山を望む (1981年4月24日)

図3. 安藤研究室の岸本亨氏(左)と赤池学氏(右) (1981年4月24日、真田町大洞のブナ林にて)

 第3のつながりは、学生時代はもちろん、就職してからも菅平で頻繁に開催されたワークショップによるものである。雑踏を離れた自然豊かな地で、極めて安い費用で30人もの人が顕微鏡を使った数日間の実習を行える施設は他にはない。センターを筑波大学の学生だけでなく、国内外の研究者にも開放していることは、生物学などの教育研究に対する計り知れない貢献へとつながっている。私が参加した数々のワークショップや研修会で特に印象に残っているものには、例えば、J.I. Pitt, M.A. Klich両博士によるアオカビとコウジカビの分類(1988年)、第15回国際植物学会議の直後に開催された生態と分類に関する国際ワークショップ(1993年)、W. Gams博士による糸状菌アクレモニウム属の分類(1997年、図4)などが挙げられる。いずれも、知識や技術の習得はもちろんのこと、併せて、日本の学生や若手/中堅研究者と実力のある講師との交流を狙っている。数年前より、今度は自分がワークショップを企画する立場となり(図5)、これからますますセンターにお世話になることであろう。

図4. 菌学ワークショップ開催直前のWalter Gams博士(左から二人目)と3人のお弟子さん (1997年8月、宿泊棟玄関にて)

図5. 日本菌学会関東支部第16回菌学ワークショップの参加者 (前列中央が徳増先生と筆者; 2002年9月25日、大明神寮裏手より根子岳と四阿山を望む)

 最後に、生物科学の教育や研究をこれから担う若い学生の皆さんを激励したい。今思えば、厳しいと感じていた院生としての修行時代は、実は大した雑用もなく、勉強や研究に専念できる、そして苦労が全て自分の身になる、二度と経験できない至福の時であったのだ。同じようなことを、それぞれの専門に進んだ多くの方が感じていると私は信じたい。また一方で、多少分野が違っていても、人とのつながりは大切にしてほしい。学生時代のふとした出会いが後になって非常に役立つような、縁とか運命を感じることが実際にある。つくばだけと言わず、菅平や下田でも自然と人間にじっくりふれて、各自の目標に向かって勉強と研究に専念する学生生活を送っていただきたい。

参考文献
  1. 中桐昭:生物多様性条約の下での多様性研究とカルチャーコレクション. つくば生物ジャーナル 2: 16-17,2003.
  2. 筑波大学菅平高原実験センターのホームページ <http://www.sugadaira.tsukuba.ac.jp/>
  3. 町田龍一郎:菅平高原実験センター. つくば生物ジャーナル 1: 70, 2002.
Communicated by Yuzuru Oguma, Received May 4, 2003.

©2003 筑波大学生物学類