受精
Fertilization

被子植物では、柱頭に花粉が着生すること、つまり受粉と、配偶子(精細胞と卵細胞)が合体すること、つまり受精 (fertilization) は連続的につながっているわけではなく、その間にはギャップがある。受精するためには、花粉粒は花粉管 (pollen tube) を伸ばし、花柱を通過して子房内の胚珠 (ovule)、さらにその中の胚嚢 (embryo sac) に辿り着かなければならない。胚嚢に侵入した花粉管からは雄性配偶子である精細胞が放出され、胚嚢の卵細胞および中央細胞と合体し、受精する。

受粉

花粉粒 (pollen grain) は当初、休眠状態にあるが、雌しべの柱頭に着生し吸水することによって急速に活性化する。吸水は数秒から数分の間に起こり、ポリソームの形成やゴルジ体の活性化と多数の小胞の生成(多くは細胞壁形成に関与)および薄いカロース壁の形成がみられる。

雌しべの柱頭 (stigma) は花粉粒が着生し、発芽する場所である。柱頭にはさまざまなタイプがあり、大きく分けると以下の2型にわけられる。

湿性型 (wet type)
柱頭から浸出液を分泌する。ふつう浸出液は高い粘性を示し、水分、脂質、フェノール性物質、糖、アミノ酸などを含むが、その組成は種によってさまざまである。中実花柱をもつ種では浸出液は多糖類、タンパク質、脂質に富み、中空花柱をもつ種では多糖類のみを含むとする報告がある。浸出液は花粉粒の吸水に必要な水分を与えるとともに、花粉粒の保持、花粉管の発芽・伸長に必要な物質の供給にはたらいている。柱頭の浸出液は、花粉媒介者への報酬として機能することもあるらしい。浸出液はクチクラ層の下に貯まり、それが破れて外面に分泌される。
乾性型 (dry type)
柱頭は浸出液を分泌せず、乾燥した状態にある。乾性型の柱頭に付いた花粉粒は、自身の酵素によって柱頭表面のクチンを分解し、その結果生じる水分を吸水する。

また柱頭には乳頭突起などさまざまなな表面構造がある場合が多い。 また異花柱性を示す植物では、同一種内でも花のタイプによって柱頭構造が異なる場合がある (湿性と乾性など)。

花粉管

花粉粒は柱頭に着生すると分解酵素 (セルラーゼ、ペクチナーゼ、カレースなど) を分泌し、花粉孔の花粉壁を分解してそこから花粉管 (pollen tube) を伸ばす。これが花粉粒の発芽である。ふつう1個の花粉粒からは、1本の花粉管が伸長する。しかしAlthaeaMalva (アオイ科) では、1個の花粉粒から多数 (10〜14本) の花粉管が生じることがある。ただしこの場合でも、ただ1本の花粉管が伸長し機能する。

成熟した花粉管は以下のようなゾーンに分けることができる。

  1. 先端帯:花粉管の先端部であり、多量の小胞を含むが、その他のオルガネラはほとんど存在しない。
  2. 次先端帯:先端帯のすぐ基部側にあり、ゴルジ体などのオルガネラに富んでいる。
  3. 核帯:次先端帯より基部側にあり、花粉管核と雄原細胞または精細胞が存在する領域。
  4. 液胞化帯:核帯より基部側で、液胞によって占められている。

花粉は発芽すると、ほとんどの原形質は花粉管内に移動し、残りの部分は液胞で占められるようになる。花粉管の伸長は先端成長であり、先端(先端帯)には多数の小胞が存在し、光顕下では透明な領域に見えるため帽体 (cap block) とよばれる。花粉管の伸長中には帽体が明瞭であるが、一次的に伸長が停止しているときには帽体は不明瞭になる。花粉管の成長に伴って花粉粒内や花粉管の基部は液胞で占められるようになる。帽体の後方(次先端帯)にはオルガネラが多数存在し、先端帯の小胞を生成するゴルジ体ミトコンドリア小胞体、脂質粒などが存在する。

花粉管壁はセルロースペクチンからなり、特に先端部ではペクチン質に富む。セルロースミクロフィブリルは、先端付近ではランダムに配行しており、それより基部側では2方向に配列しており花粉管長軸に対してそれぞれ45度に列んでいる。花粉管壁内側にはカロースも沈着しており、特に先端部より後方に多い。花粉管が成長するにしたがって、基部側は液胞に占められるようになり、原形質は常に先端部のみに限られる。これに伴って花粉管の液胞帯の前方には、細胞壁内側にカロースがリング状に沈着し、それが求心的に成長してやがて管をふさぐカロースプラグ (callose plug) になる。カロースプラグは原形質の逆流(花粉粒側へ)を防いでいると思われる。カロースプラグは花粉管が伸長するに伴って定期的に形成され、原形質を含む先端部は一定の量に保たれる。

花粉管の発芽・生長は様々な要因に影響される。in vitroの実験では、炭水化物(糖)、ホウ素、カルシウムが重要な要因になることが知られている。

花粉管の伸長

なぜ花粉管は正しく胚珠へ伸びるのだろうか?初期の頃には、胚珠または胎座や子房内皮、花柱が走化性物質(糖やアミノ酸)を出し、花粉管はこれに向かって伸長すると考えられていた。その後、雌しべ内でのカルシウムイオンの濃度勾配が花粉管の伸長を正しい方向に導いていると考えられたこともあった。しかし種々の実験の結果、これらの考えは否定されている。

胚珠への花粉管の侵入

子房へ到達した花粉管は、胚珠へ侵入する。胚珠に対する花粉管の侵入経路には以下の3つのタイプがある。またヤドリギ科などでは胚嚢が伸長して胚珠を飛び出し、花柱にまで達しているが、この場合には花柱を通ってきた花粉管は直接胚嚢に達する。

珠孔受精 (porogamy)
花粉管は珠孔から侵入する。被子植物では最もふつうに見られる。
合点受精 (chalazogamy)
花粉管は合点付近から侵入する。モクマオウ科などに見られる。
中点受精 (mesogamy)
花粉管は珠孔・合点以外の場所から侵入する。ボタンウキクサ (サトイモ科) では珠柄から、Cucurbita (ウリ科) では側面の珠皮から花粉管が侵入する。

胚珠へ侵入した花粉管は、いずれにしても胚嚢の珠孔側へ向かう。花粉管が珠孔側へ向かう行動は、おそらく走化性による。走化物質は、おそらく繊形装置を通じて助細胞または卵細胞から、または珠孔付近の珠皮から分泌されると思われる。珠孔受精において花粉管が珠孔付近へ屈曲する運動は、珠柄などから珠孔へ伸びる閉塞組織によっても介助される。

胚嚢への侵入と受精

花粉管の胚嚢への侵入は、常に珠孔側、卵装置(助細胞と卵細胞)の存在する場所で起こる。2個の助細胞が存在する場合、一方の助細胞に花粉管が侵入するが、どちらの助細胞に花粉管が入るかは、あらかじめ決まっているらしい。花粉管が侵入する助細胞(退化助細胞)では、ふつう花粉管が到達する前に細胞が退化し始めている。ふつう花粉管は助細胞の繊形装置から侵入して開口し、内容物(花粉管細胞と2個の精細胞)を助細胞内に放出する。Plumbagoのように助細胞をもたない種では、花粉管は卵細胞を貫いて卵細胞と中央細胞の間に原形質を放出する。

花粉管は先端またはやや側方で開口することによって、雄性配偶体(花粉管細胞の大部分と2個の精細胞)をふつう助細胞内に放出する。この放出された原形質は多量の多糖類顆粒(0.5〜1 µm)を含んでいるため、助細胞の原形質と区別することができる。助細胞の原形質と雄性配偶体起源の原形質はあまり混ざり合うことはなく、ふつう前者は珠孔側に、後者は合点側に位置する。

花粉内容物が助細胞内に侵入すると、その中の花粉管核は退化し変形する。またこれに先立って、侵入された助細胞でもその核が退化しているため、花粉管が侵入した助細胞には退化的な核の残存体が2個存在することになる。その由来が不明であった頃、この構造はX小体とよばれていた。助細胞をもたないPlumbagoでは、花粉管が侵入した卵細胞は1個のX小体を含むが、これは退化した花粉管核である。花粉管から放出された2個の精細胞のうち、1個は卵細胞と、もう1個は中央細胞と融合する。卵細胞に取り込まれた精細胞の核(精核)は卵細胞の核(卵核)と合体(配偶子合体)し、中央細胞に取り込まれた精細胞核は極核、または複数の極核が融合した中心核と合体する。このように2種類の受精が起こることは、被子植物の大きな特徴であり、重複受精 (double fertilization) とよばれる。

精核と卵核の配偶子合体には、以下のようなタイプがある。

前分裂型
精核と卵核はすぐに融合し、続いて接合子の分裂が起こる。キク科やイネ科にみられる。
中間型
精核と卵核はそれぞれ分裂を終了してから融合する。。ツリフネソウ属 (ツリフネソウ科) にみられる。
後分裂型
精核と卵核はしばらく融合しないで近接した状態を保ち、両核が分裂状態に入った後に融合する。ユリ属やFritillaria (ユリ科)にみられる。