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藻類の分類と系統

藻類の認識の歴史

リンネ (C. von Linnaeus) の24綱における藻類の位置づけ

植物の分類は古くアリストテレスにまでさかのぼることができますが,現代の体系の基礎をつくったのはスウェーデンの博物学者のリンネです。リンネは現在の植物学の基本となった著書 Species Plantarum (1753年) において,花の形態,特に雄しべの数に基づいて植物を体系づけ,植物を24の綱に分類しました。藻類やコケ,シダ植物,さらに菌類などの花をつけない生物は24綱のうちの1綱としてひとまとめにされました。
リンネが14属の生物を藻類として記述しましたが,このなかには菌類や地衣類,サンゴ虫類などがふくまれていました。現在の藻類に当たるものはこれらのうちの4属で,Conferva(糸状の藻類),Ulva(膜状の藻類),Fucus(肉質の藻類),Chara(輪生の枝をもつ藻類)として記載されました。Ulva(アオサ属), Fucus(ヒバマタ属), Chara(シャジクモ属)は現在でも藻類の属名として残っています。


しかし,その後,顕微鏡のレベルの研究が進展するにつれて,藻類の多様性が次第に認識されるようになってきました。

ラムール (J. V. F. Lamouroux) とハーヴィー (W. H. Harvey) による藻類の認識

1800年代前半に,フランスの植物学者のラムールとアイルランドのハーヴィーは,さまざまな色をした植物があることに注目しました。この時代には,植物の体の色の違いが光合成色素組成の違いに基いていることはまだ理解されておらず,色は,形態と同様に,植物を区別のための性質のひとつにすぎませんでした。

Lamouroux
(1819年) の分類系
体色 相当する現在の分類群
Ulvacee 緑藻綱 Chlorophyceae
Fucacee 黒・褐 褐藻綱 Phaeophyceae
Floridiae 紅色綱 Rhodophyceae

Harvey (1836年)
の分類系
体色 相当する現在の分類群
Chlorospermeae 緑藻綱 Chlorophyceae
Melanospermeae 黒・褐 褐藻綱 Phaeophyceae
Rhosospermeae 紅色綱 Rhodophyceae
Diatomaceae 珪藻と緑藻のチリモ類

ラムールとハーヴィーの提唱した分類群の名前は,定義の変遷はありますが,基本的には現在でも継承されています。ハーヴィーのそれでは珪藻とチリモ類が同じ分類群として扱われるなどの問題はありますが,いずれも現在理解されている藻類の多様性の一面を見抜いた分類系であるといえます。

色の違いで藻類を認識し,名前をつけることは,理解が容易であるために普及し,現在でも大部分の藻類の仲間が色を冠した名前でよばれています。そしてそれは本質的に藻類の自然分類に大変近いものといえます。


パッシャーによる藻類の認識

現在の藻類の分類系の実質的な基礎を築いたのはパッシャーで,1900年代前半に鞭毛藻類について精力的な研究を行いました。鞭毛をもつ多くの藻類の仲間を正確に認識したことは,現在につながる藻類全体の研究に大きな影響を与えました。彼の分類系は,葉緑体の色に加えて,遊泳細胞の形態,生殖,生活環などさまざまな性質をまとめたもので,現在の藻類の分類システムはパッシャーのそれの直接の延長線上にあるといえます。

形質の対応づけ
パッシャーの最大の貢献は,葉緑体の色調,貯蔵物質,鞭毛の性質などが分類群によってそれぞれ独自であり,分類群が異なるとこれらの性質も異なっているという,形質の対応づけを行ったことです。つまり高次の分類群は多くの性質で互いに異なっていることを見いだしたのです。

体制の平行進化
さらに,パッシャーはさまざまな藻類の分類群で,よく似た体制の生物が含まれていることにも気づきました。単細胞遊泳性の藻類は緑色の藻類でも,黄金色藻でも,黄緑色藻でも存在します。同様に群体性のもの,糸状のもの,のう状のものなど,いろいろな分類群で平行的にいろいろな体制の藻類が進化したことが分かってきました。体制の平行進化です。この時代にパッシャーは藻類には複数の系統の生物群が含まれていることに気がついていたといってよいでしょう。

形質の対応関係と体制の平行分化にもとづいてパッシャーは藻類を8つの門に分けて認識しました。

Pascherの分類系 相当する現在の分類群
Chrysophyta
黄金色植物門
Chromophyta = Heterokonta
黄色植物門(=不等毛植物門)
Phaeophyta 褐色植物門
Pyrrophyta 炎色植物門 Dinophyta 渦鞭毛植物門
Euglenophyta
ミドリムシ植物門
Euglenophyta ミドリムシ植物門
Chlorophyta 緑藻植物門 Chlorophyta 緑色植物門
Charophyta 車軸藻植物門
Rhodophyta 紅色植物門 Rhodophyta 紅色植物門
Cyanophyta 藍色植物門 Cyanophyta 藍色植物門


パッシャー以降

電子顕微鏡による微細構造の研究の時代:1950年代〜現在

今世紀後半になって,電子顕微鏡が実用化され,藻類に関する知見は飛躍的に増大しました。特にイギリスのI. MantonとM. Parkeは電子顕微鏡を用いてさまざまな微細藻類の観察を行い,形質の対応関係が微細構造のレベルまでおよんでいることを示し,またハプト藻のような新たな分類群の存在を明らかにするなどの貢献を行いました。彼女たちの研究を受けてその後ヨーロッパ,アメリカ,そして日本,オーストラリアで,現在に至るまで,電子顕微鏡を用いた藻類の世界の探索が続けられています。

微細構造と分子系統の時代:1980年代後半〜現在

1980年代から現在にかけて分子系統の手法が藻類の研究に導入され,活発な研究が行われています。現在では,微細構造と分子系統の二つの技術を用いて藻類の分類と系統が考えられています。さらに藻類を生物界全体との関連で論じることが可能になり,生物界全体を考えるうえで藻類の理解が不可欠であることが明らかになってきました。


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