[はじめに][植物と藻類][酸素発生型光合成と藻類][五界説と藻類][細胞共生による真核生物の多様化][八界説と藻類][藻類の分類と系統][分類形質と分類系][真核生物の系統と藻類の占める位置][クラウン生物群][藻類を含む新たな真核生物群][ユーグレノゾア][ストラメノパイル][アルベオラータ]
五界説と藻類


生物界の認識の変遷

人間の生物界の認識はどのように移り変わってきたでしょうか。簡単に振り返っておきましょう。おそらく人類が認識した生物界の最初の識別形質は「動き,食べる」と「動かず,食べない」というものであったと考えられます。いまでも,小中学生に動物と植物の違いを聞くとこのような答えが返ってきます(実際には多くの大学生も同じ答えを返します)。学問的にこのような認識を行ったのは有名なリンネ(Linnaeus 1735)で,彼は,生物を分類する最も大きな階級として界(Kingdom)を設立し,生物は動物界(Kingdom Animalia)と植物界(Kingdom Plantae)の2界からなるとしました。

2界説は理解が容易なだけでなく,学問的にも受け入れられ,今世紀の初めまで用いられてきたものです。つまり,われわれの生物界の認識はごく最近まで古代のそれと大差ないものであったといえます。そして現在でも多くのひとは2界説の立場で生物を認識しています。2界説では動物(後生動物のこと,原生動物を含まない)を除くほぼすべてが植物として扱われていました。しかし顕微鏡と観察技術の発達や生物の形態や生活の様式についての認識が深まるにつれて,2界という単純な生物観では,実際の生物界を十分に説明できない状況が生まれてきました。たとえば単細胞生物の多くが動物と植物の性質を合わせ持つなどの事実を説明できないからです。


やがて,生物進化の最大のギャップが原核と真核の生物の間にあることが理解されるにつれて,原核生物を独立の生物群として認識する必要が高まってきました。また,それまで植物界の一員と扱われていた菌類が,体制と生殖様式あるいは栄養様式など,多くの点で植物とは異なっているとの認識が深まり,新たな分類群の設立が提案されるようになりました。こうして台頭してきたのが3界説や4界説であり,これはやがて5界説につながっていくことになります。

原生生物の認識の変遷

Hoggは1860年に植物にも動物にも分類できない生物をプロトクティスタ(Protoctista)の名前で他と区別し,また発生再現説で有名なHaeckel(1866)は,単細胞生物をまとめた分類群としてプロティスタ(Protista)を設立しました。Haeckelの分類は3界説で,原核生物はすべての生物の根元に位置すると認識されました。しかし,細菌などの原核生物は,プロティスタの一部としてSubgroup Moneraとして組み入れられています。3界説の一つの特徴は,動物,植物,原生生物の3つの生物界を対等に位置づけていることです。これは,現在,藻類の多くを含む「原生生物」の多様性の認識が急速に深まり,生物界の認識の再構成の動き(たとえば,8界説クロミスタ界の提案など)がこれらの微細な生物の研究を中心に行われていることを考えると,興味深いものがあります。

Copeland(1938, 1959)の4界説は5界説の出現まで広く受け入れられた生物観です。4界説では原核段階にある細菌類やラン藻類を初めてモネラ界(Kingdom Monera)という独立した分類群として認識し,そして単細胞や群体および単純な多細胞の体制からなる原生生物界(Kingdom Protoctista)が多細胞の体制をもつ動物界(Kingdom Metazoa)と植物界(Kingdom Metaphyta)をつなぐように配置されています。この分類システムの特徴は,第一に原核生物と真核生物の違いを明確にとらえ,生物は2つの大きな仲間から構成されていることを主張したことにあります。この見解は現在に至るまで受け継がれています。もっとも,最近は原核生物界の多様性の認識も急速に進んでおり,たとえば原核生物には2つの仲間があり,いずれも真核生物と同等に扱われるべき大きな系統群であることも分かってきました。4界説の第二の特徴は,藻類や原生動物,粘菌,菌類などの体制の単純な生物はすべて植物から除かれ,Protoctistaに分類されたことです。その結果,植物界は陸上植物だけに限定されることになりました。この処置は,現在に至るまで大きな混乱をもたらしています。


5界説

Whittakerの5界説

現在広く受け入れられている5界説を最初に提唱したのはWhittaker(1969)で,新たに導入された視点は真核生物の分類規準として栄養摂取の様式に注目したことである。彼は生物のエネルギー獲得には光合成,捕食そして吸収があり,これらが植物(生産者),動物(消費者),菌類(分解者)という,高度な体制をもつ真核生物の生物群に対応していることに注目して分類システムを構築した。これは,「進化では栄養様式の違いが生物群のもつ特徴を決定してきた」との立場に立つからである。そして分解者である菌類を植物界から独立させて菌界(Kingdom Fungi)とした。つまり,Whittakerの5界説は体制進化という軸と栄養様式の進化という軸を採用したシステムである。 植物界には緑色植物だけでなく,紅藻や褐藻などの光合成生物が含まれ,また菌類には変形菌,細胞性粘菌,あるいはラビリンチュラ類などの吸収栄養を行う生物群が含まれている。後に触れるようにこれらの多くは植物や菌類とは異なる系統に属するが,理解が容易であることから広く認められ,現在のわれわれの生物観はほぼWhittakerの5界説に沿ったものになっている。


Margulisの5界説

細胞の共生進化説の騎手として知られるMargulisは,1970年に著書「Origin of Eukaryotic Cell(真核細胞の起源)」において5界説を発表した。彼女の5界説は数回の改変を経て,1981年の著書「Symbiosis in Cell Evolution」(翻訳は「細胞の共生進化」学会出版センター)や1982年のMargulis and Schwartzの著書「Five Kingdoms」(翻訳は「五つの王国」日系サイエンス社)で提案された分類系に至っている。当然だが彼女の5界説は共生による細胞進化を前提とした交叉型の系統を前提としている。つまり複数の生物が強調して一つの別の生物に進化するというものである。彼女はまた,有糸分裂や代謝,生化学的特徴を生物間で比較し,原核生物と真核生物を含む生物全体の系統について詳細な論議を行っている。
このようにWhittakerと異る観点で生物をとらえているにもかかわらず,実際にはMargulisはWhittakerの5界説をほぼ踏襲している。そこでは,

として定義される。これら3つの界はいずれもWhittakerのそれより小さな仲間として認識され,光合成を行うことで植物とされていた紅藻,緑藻,褐藻,シャジク藻などの藻類は原生生物界(Protoctista)に組み入れられ,また菌類からは卵菌やラビリンチュラ類などの鞭毛菌類,変形菌,細胞性粘菌が,さらに動物から海綿や中生動物が原生生物界に組み入れられている。ここでは原生生物は体制が単純で不完全な有糸分裂を行う真核生物として認識されている。Margulisの原生生物界の概念はCopelandのそれに近い(同じセンスで,プロトクティスタの語を使っている)。1981年と1982年の著作で提示された分類の中でMargulisは生物を89の門に分けている。すなわちモネラ界16門,原生生物界27門,菌界5門,動物界32門,植物界9門からなり,モネラ界と原生生物界はかつてなく多数の生物を含む分類群になっている。


5界説の問題点

5界説では生物は原核生物と真核生物(それぞれ上界Superkingdomとして扱われる。DomainまたはEmpireとよばれることもある)からなるとする点で,また肉眼的に認識される真核生物群を界としてみとめるという立場に立つ点,そして動物,植物,菌類を除く真核生物を1つにまとめ原生生物界(ProtistaまたはProtoctista)とする点で4界説の延長にある。ところが実際にはWhittakerもMargulisも原生生物界は系統の異なる多くの生物からなることを明確に認識しているのである。このことは5界説が系統の重要性を認識しながらも(実際,WhittakerとMargulisは1978年の共著論文の中で,単系統と多系統の論議を行い,原生生物の中に植物界や菌類界につながる生物が含まれていることを表明している),感覚的に理解しやすい分類を構築するために系統の情報を犠牲にしていることを示している。消去法によってしか定義できない原生生物という生物群を界として認めていることは,Haeckel, Copeland以来現在まで引き継がれている最大の問題である。


原生生物の多様性と生物界の認識の再編

5界説では原生生物は動物,植物,菌類を除くすべての真核生物の集合としてまとめられているが,細胞形態の詳細な調査と分子系統の研究から,原生生物が起源の異なる多くの生物からなることは明らかである。原生生物の多くは鞭毛をもつ単細胞生物であるが,これらは細胞が個体であり,その中に環境や生活の変化に対応し,生活環をまっとうするためのすべての要素を備えている。そのためにそれぞれの分類群に特有な複雑な細胞構造を有するに至っている。鞭毛生物は真核細胞のいわば進化の実験室であり,系統的に動物,植物,菌類につながる生物群も見いだされてきた。鞭毛生物の理解が進むことでわれわれの生物観はより正確なものになって行くであろう。現在そのような試みが盛んになされている。