植物は私たちと同じ多細胞生物であり、多くの細胞 (cell) からできている。陸上植物の細胞は、後生動物 (多細胞動物) と同じ真核細胞 (eukaryotic cell) であるが、動物の細胞とくらべるといくつか違いがある。また広い意味での植物の中にもさまざまな多様性がみられる。 陸上植物の細胞は分裂組織では小形 (直径5〜10 µm) であるが、成熟した細胞は一般的な後生動物の細胞より大きく、直径 50〜250 µm ほどのものが多い。 |
細胞壁
陸上植物の細胞は、せルロース (cellulose、β-1,4-D-グルカン) を主成分とした細胞壁 (cell wall) で囲まれている。細胞壁の存在は、陸上植物と多細胞動物の間の大きな違いの1つである。セルロースは直鎖状の高分子であり (図1)、同一方向に列んだ多数の分子が水素結合を介して束になることでセルロース微小繊維 (microfibril) を形成している。セルロース微小繊維はふつう互いに平行に列んで細胞壁の骨組みとなっている。セルロース量は植物体乾燥重量の1/3〜1/2に達し、地球上の有機炭素の約半分はセルロースであるといわれる (年間生産量約1,000億トン)。セルロースは綿や紙などの形で人間にも身近な存在である。人間はセルロース分解酵素を持たないため、直接セルロースを栄養源とすることはできない。セルロース合成酵素は細胞膜上でロゼット型の複合体 (terminal comples; TC) を形成しており、細胞質側から供給される UDP-グルコースを原料にしてセルロースを合成し、細胞外に分泌する。 セルロース微小繊維の骨格は、ヘミセルロース (hemicellulose) (表1)、ペクチン (pectin) (表2)、タンパク質などからなるマトリックス (基質 matrix、基質ゲル matrix gel) の中に埋め込まれている (図2)。最近では、ヘミセルロースやペクチンなど非セルロース多糖を、マトリックス多糖 (matrix polysaccharide) と総称することも多い。タンパク質としてはエクステンシンのように細胞壁維持に働くものや、細胞壁多糖を分解して細胞の拡大成長に働くもの、細胞間認識に働くものなどが存在する。 ヘミセルロースについてペクチンについて 細胞壁糖タンパク質について 細胞壁酵素について その他にも、細胞の種類によって、細胞壁にはさまざまな物質が蓄積している。導管細胞や繊維などの二次壁にはフェノール化合物であるリグニン (lignin) が多く蓄積し、細胞壁の機械的強度を増している。このような細胞壁を木化 (リグニン化 lignification) したという。リグニンはセルロースに次いで地球上に多い有機炭素化合物であるといわれる。また維管束などを取り囲む内皮細胞同士の接点 (カスパリー線) やコルク細胞には不飽和脂肪酸であるスベリン (suberin) が蓄積し、水や病原菌の侵入を防いでいる。さらに表皮細胞において外界に接する細胞壁には、不飽和脂肪酸であるクチン (cutin) や脂肪酸エステルのワックス (蝋 wax) が蓄積し、クチクラ層 (cuticular layer) を形成している (クチクラ化 cuticularization)。クチクラ層もまた、水の蒸発や病原菌の侵入などを防いでいる。表皮以外でも、植物体内において空気と接する細胞壁には薄いクチクラ層 (内部クチクラ interal cuticle) が存在する。ほかにも篩管細胞の連結部 (篩孔) が形成される際には β-1,3-グルカンであるカロース (callose) が重要な働きを演じ、篩管細胞が損傷を受けた際にもカロースによって篩孔がふさがれて栄養分の損失を防ぐ。また病原菌による壊死細胞周辺の細胞の細胞壁にもカロースが蓄積され、病原菌の感染拡大を妨げる。 陸上植物の細胞壁には、一次壁と二次壁があり、細胞壁同士は最外層の中葉で接着している。
細胞壁は外界からの異物の侵入を防ぐと共に、細胞を一定の形に保つ働きを果たしている。水など浸透圧の低い液体 (低張液) にさらされることによって細胞は膨らむ力、つまり膨圧 (turgor pressure) が生じ、これを細胞壁で押さえつけることによって組織の機械的支持力が得られる (だから水分が足りなくなると萎れてしまう)。また膨圧がある状態で細胞壁 (の一部) が細胞壁タンパク質の働きでゆるむことによって細胞の拡大成長が可能になる。 上記のようにリグニンやスベリン、クチン、蝋などが蓄積しない限り、細胞壁は水や低分子の物質を自由に通すことができる。このような細胞壁を含めた細胞外の経路を通じた物質輸送は、アポプラスト輸送 (apoplastic transport) とよばれ、原形質連絡を通じた原形質間の輸送であるシンプラスト輸送 (synplastic transport) と同様に植物体の物質輸送に重要な働きを果たしている。 細胞壁は静的な存在であり、非生物的な構造だと考えられがちである。しかし実際には細胞壁では活発な代謝が行われており、植物の本質的な生理機能に不可欠な存在である。ただし植物細胞の生存自体に細胞壁は細胞壁は必要不可欠ではない。花粉内の精細胞のように細胞壁を欠く細胞も存在するし、人為的に細胞壁を除去してつくったプロトプラスト (protoplast) は分裂を繰り返して植物体を再生することができる。 陸上植物以外の植物 (藻類) では細胞外皮の構造は極めて多様である。細胞壁を欠くものや鱗片 (有機質、珪酸質、石灰など) で覆われるもの、珪酸質やβ-1,3-キシラン、β-1,4-マンナン、ペプチドグリカンなどできた細胞壁をもつものがある。またセルロース性の細胞壁をもつものも多いが、合成酵素複合体の形態には多様性が見られる。 細胞壁について |
図1. セルロース
図2. 細胞壁の構造モデル. C (青) = セルロース, G (緑) = 糖タンパク質, H (黄) = ヘミセルロース, P (赤) = ペクチン.
表1. さまざまなヘミセルロース
表2. さまざまなペクチン (これらは互いに共有結合して巨大な分子を形成しているらしい)
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細胞膜と原形質陸上植物も含めて真核性植物の細胞は、一般的な真核生物と同じくさまざまなオルガネラ (細胞小器官 organelle) をもっている。広義の植物の中で藍藻 (シアノバクテリア) のみは原核生物であり、オルガネラはなく、細胞全体が葉緑体と同じような構造をしている。
細胞小器官の名称と機能 (愛媛大学分子細胞生物学研究室) |
表3. 貯蔵タンパクの類別
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細胞骨格細胞骨格 (cytoskeleton) とは、細胞膜直下や細胞中に張りめぐらされている繊維系であり、細胞の形態維持・変形、分裂、オルガネラの移動などに大きく関わっている。陸上植物において細胞骨格を形成しているのは、おもに微小管とアクチン繊維である。
間期の細胞では、ふつう微小管は細胞膜直下に列んでおり、細胞質表層微小管 (cortical microtubule) とよばれる。細胞壁の未発達な細胞 (花粉中の雄原細胞など) では、細胞質表層微小管が細胞の形の保持に働いている。また細胞質表層微小管はふつう互いに平行に列んでおり、この方向は細胞壁最内層におけるセルロース微小繊維の配列方向と一致している。おそらく細胞膜上のセルロース合成酵素複合体は細胞質表層微小管をレールとして移動し、細胞膜上にセルロースミクロフィブリルを形成すると考えられている。細胞質表層微小管は膜貫通タンパク質を通じて細胞壁タンパク質のエクステンシンと連絡しており、これが微小管を安定化させているらしい。また根毛のように、微小管が核の位置の保持にはたらいている例もある。 細胞分裂の際には、細胞内の微小管はさまざまな挙動を示し、重要な働きを果たしている。まずG1期になると核の表面からはさまざまな方向へ微小管が伸長して細胞質の糸 (細胞質糸) を形成する。細胞質糸の伸長・短縮によって核が分裂面へ移動する。分裂面に移動した核はフラグモソーム (phragmosome) とよばれる細胞質糸で支持される。フラグモソームは微小管とアクチン繊維で支持されている。またG2期になると細胞質表層微小管が消失し、細胞質周縁部に前期前微小管束 (分裂準備帯, preprophase band, PPB) とよばれる微小管の束がリング状に配置される。この面が将来、分裂面になる。 やがて分裂期に入ると、前期前微小管束やフラグモソームの微小管は消失し、微小管でできた紡錘体 (mitotic spindle) が形成され、染色体を両極に分配する。その後、分裂面に微小管からなるフラグモプラスト (phragmaplast、隔膜形成体) が形成され、ここにゴルジ体由来の小胞が集合して細胞板が形成される。 ふつうアクチン繊維は数十〜約百本が束になり、細胞質糸を支持している。また束を形成しないアクチン繊維は、細胞周期を通じて細胞膜に結合した状態で分布している。アクチン繊維の重要な機能の一つは、原形質流動やオルガネラの移動であり、これは物質やオルガネラに結合したミオシンがATPを消費しながらアクチン繊維に沿って移動することによって起こる。また花粉管や根毛のように細胞が局所的に伸長する場所にはアクチン繊維が集積し、物質輸送を集中的に誘導する。ほかにも細胞質表層微小管の安定化や配列変換に働いている。分裂期に入ると、アクチン繊維は前期前微小管束やフラグモソーム (上述) の中に出現する。また紡錘体やフラグモプラストの保持にもアクチン繊維が寄与している。 微小管とアクチン繊維の中間的な太さ (直径約 10 nm) の繊維は、中間径繊維 (中間径フィラメント intermediate filament) と総称される。後生動物ではケラチンフィラメント、ニューロフィラメント、デスミン、ビメンチン、ラミン、ネスチンなどさまざまな中間径繊維が知られているが、陸上植物ではよく分かっていない。 |
原形質連絡と壁孔陸上植物の細胞の特徴として、原形質連絡 (plasmodesma, pl. plasmodesmata) の存在がある。原形質連絡は、細胞壁を貫いて隣接する細胞の間を連結する構造である。細胞の間では、原形質連絡を通じて物質の移動が行われる。 原形質連絡は直径30〜60 nmほどの管であり、その中に小胞体の伸長部である直径20 nmほどのデスモ小管 (desmotubule) が貫通している。デスモ小管の周囲には顆粒状タンパク質が取り囲んでいる。 原形質連絡は非常に狭く、さらにデスモ小管やタンパク質で栓がされているため、大きな分子は通り抜けることは困難だと考えられている。しかしある種のタンパク質には原形質連絡の孔を押し広げる機能があり、植物ウィルスもこのようなタンパク質 (移行タンパク質 movement protein) によって隣接する細胞に感染することが知られている。 原形質連絡を通じてひとつながりになった原形質のまとまりをシンプラスト (symplast) という。それに対して細胞外 (細胞壁や細胞間隙など) をつなぐまとまりはアポプラスト (apoplast) とよばれる (上記参照)。植物体の細胞間における物質移動は、シンプラストとアポプラスト両方を通じて行われる。 細胞分裂において細胞板が形成されるときに、フラグモプラストの微小管とともに小胞体が取り残され、そこだけ細胞壁が形成されずに貫通部として残ったものが原形質連絡となる。しかしすでに存在する細胞壁に新たに貫通部ができて原形質連絡が形成されることもあり、量的にはこちらの方がはるかに多いらしい。 原形質連絡は比較的一様に分布する場合と、特定の領域に集中して存在する場合がある。集中して存在する場合は、その部分の一次壁が薄くなっており、一次壁孔域 (primary pit field) とよばれる。一次壁孔域は、周辺部に二次壁が厚く堆積するようになっても薄いまま残り、壁孔 (孔紋、壁凹、ピット pit) となる。相対する細胞の壁孔は一次壁を挟んで対になっていることが多く、これを壁孔対 (pit pair) とよぶ。それに対して対をなさない単独の壁孔は盲壁孔 (blind pit) とよばれる。 壁孔において底の一次壁が露出した部分を壁孔壁 (壁孔膜 pit membranes) といい、細胞内に面した開口部を孔口 (pit aperture) という。柔細胞や木部繊維にみられるように壁孔壁と孔口の径がほぼ等しい壁孔は単壁孔 (simple pit) 、仮導管や導管細胞の壁孔のように孔口縁の二次壁が張り出したものは有縁壁孔 (bordered pit) とよばれる。有縁壁孔において、壁孔壁と覆い被さった2次壁の間にできた空間は壁孔室 (pit chamber) という。また壁孔の直径に対して細胞壁が非常に厚くなったものは管状になり、壁孔道 (pit canal) とよばれる。 ふつう単壁孔どうし、または有縁壁孔どうしが対になる (単壁孔対 simple pit pair、有縁壁孔対 bordered pit pair) が、柔細胞と仮道管が接しているようなところでは単壁孔と有縁壁孔が対になり、半有縁壁孔対 (half bordered pit pair) とよばれる。 有縁壁孔対には、壁孔壁にトールス (torus) という肥厚部が存在することがある。隣接する細胞の間で水圧に極端な差ができると、トールスを含む壁孔壁が一方へ押しやられることになり、その結果その壁孔は栓がされた状態になる。これは細胞が傷害を受けた場合などに、周囲の細胞における水の流出を防ぐ働きがあると考えられている。 |
細胞分裂陸上植物は多細胞生物であり、分裂組織における細胞分裂 (cell division) をもとに成長する。細胞分裂を行ってから次の細胞分裂まで細胞は一定の周期をもっており、細胞周期 (cell cycle) とよばれる。この細胞周期はサイクリン (cyclin) とよばれるタンパク質の蓄積によって制御されている。細胞周期は、細胞分裂の起こる分裂期 (M期) とそれ以外の間期に大別され、さらにそれぞれ以下のように細分される。
動物ではふつうS期を通過した細胞は必ず細胞分裂を行うが、陸上植物では必ずしもこの関係は厳密ではない。そのため分裂することなくDNA複製のみを行うこと (核内倍加 endoreduplication) が多く、表皮細胞など植物細胞の80%以上が複相より多いDNA量をもつ。 ふつう細胞分裂の前にDNA量が倍加するため (S期) 、分裂後の細胞はもとと同じ染色体数をもつ。しかし生殖細胞では、DNA量倍加の後に2回の有糸分裂が連続しておこるため、半分の染色体をもつ細胞が4つできる。この分裂を減数分裂 (meiosis) という。陸上植物では、胞子形成時 (種子植物では葯と胚珠の中) で減数分裂が起こる。減数分裂は以下のような過程で進行する。
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